これからの選ばれるビジネス!

これからの選ばれるビジネス!中島セイジのビジネスの達人

HOME

ビジネスの達人

モバイルショット

11/26
2018

mobile1126

勇気ある六十歳がいる

臆病な二十歳がいる すでにして老人
勇気ある六十歳がいる 青春のまっただなか
歳を重ねただけでは 人は老いない
夢失ったとき はじめて老いる

青春とは 真の青春とは
若い肉体のなかにあるのでなく 若き精神のなかにこそある
(サムエル・ウルマンの「青春とは」からの抜粋)

先日の「石門心学・実践講座」のプレゼンで
60代半ばの吉田 有(たもつ)氏がこの詩を使い語ったのだが…

吉田氏は現状である「今、ここ」が大切なのだという。
吉田氏は今、ZENコーチングをしながらアメリカでの“天平山プロジェクト”に関わり、
“ZENトレプレナー”を目指している。
まさに今が青春のような勢いで語っていたのだ。

やっぱり「人生は短いけど、長い」。

先日も「サピエンス全史」の紹介の時に語ったが、
地球の歴史45億年を小さな部屋の壁一辺の4m50cm(4500mm)に例えると。
100万年がたった1mmとなり、
アフリカで人らしき者が出てきたのが250万年前だから
わずか2.5mm。
部屋の隅っこのたった2.5mmってことだ。
我々の祖先といえる(?) ホモ・サピエンスが登場するのは
それからだいぶ経った20万年前だからわずか0.2mm。
私たちが西暦で…とかいうキリストの誕生の時は約2,000年前だからなんと2ミクロン。

さて、そう考えると私たちの人生なんて本当に短い。
この人類の歴史から観ても一瞬のようなもの。
でも、でもだ…

私たちのいるこの時空間はゆったり流れていて、
人生100年は結構長く感ずるのだ。
いろんなチャレンジはできるし、失敗してもまたチャレンジできるし…
すでに会社も起こし、いろんなビジネスを体験してきても
まだ、チャレンジさせてもらえるという。

人生100年はやっぱり結構長い。
その長さを意識して、「今、ここ」を大切にしないことには。
勇気ある60歳にとっては、青春の真っただなかなのだ。
はっはっはっ。
歳を重ねただけでは、人は老いない。
夢を失ったときはじめて老いる。
まさに、青春は若き精神のなかにあるのだ。

さすがサムエル・ウルマン。
いい詩を書いてくれている。
ところで…

やっぱりサムエル・ウルマンが70代で書いたという。
だからこそ書けるわけで…ある意味、我田引水!?
自画自賛!?
いや、自詩自賛!?


そんな石門心学・実践講座の詳細は…こちら!
http://bt.q-b.co.jp/wp-content/themes/qb/pdf/sekimon.pdf?v=1

mobile1126

人生100年はやっぱり結構長い

mobile2_1126

「今、ここ」を大切にしたい

mobile3_1126

青春は若き精神のなかにあるのだ

ページTOPへ
選ばれるビジネス

11/26
2018

bijimain

石垣島でミドリムシ体験

私は、いくつかの経営者の会議体に属しているのだが、
そのひとつのリトリートと言う形で
石垣島を訪れた。

石垣島といえば、株式会社ユーグレナの
「ミドリムシ製造プール」があるではないか!
これは一度見てみたいと思っていたので、
渡りに船とばかりに行ってきた。
(羽田からは飛行機だけど…)

ちなみに、みなさんご存知かと思うが、
株式会社ユーグレナとは
今やSDGs(エスディージーズ)に
取り組んでいるという会社だ。

SDGs=Sustainable Development Goals
つまり、地球が持続していくための開発
という意味である。

ユーグレナは、ミドリムシを活用した
バイオテクノロジーを駆使して
このSDGsに取り組んでいるのだ。

さて、ミドリムシが培養されている
現場を実際に訪れてみると、
やはり話に聞いていただけとは違う。
顕微鏡で、約0.05mmの
ミドリムシを見ていると
「この微生物が、食料問題や
燃料問題解決のキーになるのか」
という驚きや畏敬の念すら湧いてくる。

それに、この製造プールだけではない。
石垣島には
「ユーグレナ石垣港離島ターミナル」や
「ユーグレナモール」「ユーグレナガーデン」
といった“ユーグレナ”の名前を冠した
施設が多くあるのだ。
地域と密着し、互いに相乗効果を高めている
という発見もひとつの成果だった。

この株式会社ユーグレナだが、
2005年に設立して以来、
2012年にはマザーズ上場、
2013年には第三者割当増資により
100億円以上の資金の調達に
成功している。

着々と伸びているという
捉え方も間違ってはいない。
だが、私が感じるのは
「ユーグレナは支援したくなる会社」
だということだ。

“人と地球を健康にする”という
企業スローガンを掲げ、
SDGsに取り組むという姿勢。
そして、ミドリムシを活用することで
生まれる大きな可能性に
ワクワクさせられるのだ。

食料問題の解決や化粧品への活用、
さらに2020年はジェット機を飛ばす
バイオ燃料としての活用の実用化を目指している。
次から次へと、思い描いていたような
近未来が現実になっていくのだ。

それは、ユーグレナの出雲社長が
“動中の工夫”の人だからということもある。

学生時代にバングラデシュの貧困を
目の当たりにし、
『ドラゴンボール』の仙豆のような
食べ物が必要だと思い立った。
それがミドリムシの活用につながり、
食料として、さらにはバイオ燃料にまで発展させた。

そんなチャレンジを繰り返してきた
人だからこそ、これからあるであろう
ハードルも乗り越えてくれるはずと
期待せずにはいられない。

石垣島を訪れたことで、
以前よりユーグレナのファンになった。
これからも、私たちをきっと
ワクワクさせてくれることだろう。

bijimain

「ミドリムシ製造プール」を訪れた

biji2

以前よりユーグレナのファンになった

IMG_8159

ユーグレナの出雲社長

ページTOPへ
はなまるア・ラ・カルト

11/26
2018

ビジ達画像_テンプレート

天下の大患たる所以

“天下の大患たる所以”
これは、多くの維新志士に影響を与えた
かの吉田松陰先生の言葉だ。

正確にいうと
“天下の大患は、その大患たる所以を
知らざるに在り。
いやしくも大患の大患たる所以を知らば、
寧んぞ之れが計を為さざるを得んや”。
要約すると、
今が大問題だとわからないことはもちろん、
なぜ問題が起こっているかをしらないことが
最も問題なのである。
理由がわかれば、どうして対応をせずに
いられるだろうか。
ということだ。

さてこの言葉で、吉田松陰先生は
明治維新を前に開国の必要性を説いた。
明治維新は、今より遡ること約150年前だ。

そして今から約75年前には、
太平洋戦争が起きている。
ここでも、おそらく国として大患を抱えており、
敗戦を経て新たな時代へと進んだ。

お気づきだろうか、私の提唱する
「パラダイムシフト75」に
しっかり当てはまっているのだ。
つまり、75年周期で憂慮すべき大患は
訪れるのではないだろうか。

以前のビジ達でも触れているが、
現在「ミレニアル世代」が
ビジネスの最前線で活躍している。
その世代は、私たちのような
昭和を引きずっている「おっさん」とは
大きく価値観が異なっている。

つまり、今は経営者として大患であると
認識しなければならない時代なのだ。
古い価値観に囚われてしまうと、
ビジネスの展開を誤ってしまう。

IT化、IoT化、AI化…
もはや進化というより革命といったほうが
よいのかもしれない。
今までの経済至上主義だった75年から、
地球全体が経済圏となってくる75年へ。
“地球経済圏75”という、次なるステージへと
歩みを進めなければならないのだ。

そして、私たちに問われるのは、
大患の“所以”を理解してどう行動するかだ。

私たちと価値観の異なるミレニアル世代、
その世代が世界のメイン層となってくる。
そう、生活者としてもビジネスシーンにおいても。

ならば、バトンをミレニアル世代へと
渡すべきなのだ。

私たちロートルは、サポート役に徹し
舵取りは次なる世代へ任せることこそ、
誤らないための方策なのではないだろうか。

今は時代の節目である。
なぜ節目であるのかを知れば、
自ずと取るべき行動も見えてくるはずだ。

ビジ達画像_テンプレート

“地球経済圏75”という、次なるステージへ

ページTOPへ
モバイルショット

11/19
2018

moba1

200回目の「一つ拾えば、一つだけきれいになる」

「この新宿の街頭清掃は今日で200回目を迎えました」
と終了のミーティングで司会役の人がいう。
そして、街からも貢献に対して表彰されたのだと。

ほ~ついに200回。
なんと16年以上は続いているということ。
100回目の時は記念のイベントの企画があり、
ステージでパネルディスカッションのお手伝いをした記憶が。
あれからも8年以上経ったということ。

夜型の私にとっては朝の5時50分集合はとにかくキツいが、
かなりの率で参加して来たと思う。
寝過ごして参加しなかったことは一度もなかったような…!?
朝方まで酒を飲んでいて寝ずに参加した記憶も。
(ふっふっ、意外に真面目なのだ|( ̄3 ̄)|)

ちょっと振り返ってみると…
前日のNBC定例会に鍵山相談役がスピーカーとして登場してくれた時、
NBCの池田会長(当時)はじめメンバーの何人かが早朝清掃に参加してくれていた。
それまでほとんど雨に合わなかった街頭清掃が、大雪に見舞われたこともあった。
海外からの視察団が参加されたことも何度か。
200回も繰り返して来たのだから、当然いろいろなことがあったのだが…

とにかく16年という年月で、新宿は綺麗になり、「掃除」は世界へと拡がっている。
そして、歌舞伎町の犯罪件数は減り間違いなく安心して歩ける街に近づいているのだ。
この「街頭清掃」の効果とは言い切れないが、なんらかの貢献はあったのは間違いないだろう。

改めて、鍵山秀三郎相談役の信念を込めた言葉
「一つ拾えば、一つだけきれいになる」がそのことを語ってくれている。

一つ拾っても一つしか綺麗にならないが、
一つでも拾ってみた人は無神経に捨てることはしなくなる。
そして拾った後を歩いた人は、そのゴミを観なくて済むことで、
心が荒むことなく落ち着かせることができる。
だから、こんな小さなことでも繰り返し、
そして年月が経てば大きな効果となってくるというのだ。

そして、50余年徹底した掃除と取り組んで来た鍵山相談役は
人生もこうした積み重ねからできているので
ゴミ一つといえども小さなことではないという。
まさに「掃除と継続のチカラ」はスゴい!

お陰様でこんな私でも少しは「継続のチカラ」を理解できるようになり、
この「ビジネスの達人」の発信は、もうすぐ800回を迎えようとしている。
なんと満16年ということだ。
文章力はともかく、コンテンツ力は少しは…

とにかく、「一つ拾えば、一つだけきれいになる」ということ。

moba1

新宿は綺麗になり、「掃除」は世界へと拡がっている

moba2

「掃除と継続のチカラ」はスゴい

moba3

200回。 なんと16年以上は続いている

ページTOPへ
目からウロコのおすすめ本

11/19
2018

bookmain

『小さなパン屋が社会を変える -世界にはばたくパンの缶詰-』菅聖子著

もう知っている方も多いかもしれないが、
そう! ついに「パン・アキモト」の
書籍が登場したのだ!

以前にも副読本として
『世界を救うパンの缶詰』という
児童書が出版されたのだが、
今回はより詳しく書かれた一般図書。

ちなみにこの本が作られるにあたり、
私も取材を受けた。
文中には中島セイジの言葉として、
こんなことが書かれている。

「秋元さんは、意外と
泥臭いところがあるんです。
中身にはすばらしくこだわっているのに、
デザインや見せ方にはあまり気を使わず、
はっきり言えばダサかった」

ひどい!こんなこと言いましたっけ…。

いやいや、何が言いたかったかというと、
「若い人にも受け入れられるように、
イメージをよくしよう!」
ということを言いたかったのだ。

それはさておき、この本を通して
改めてパン・アキモトの歴史を
振り返ってみると、
まさに挑戦の繰り返しである。

パンの缶詰は、阪神・淡路大震災が
きっかけとなり開発されたという。

秋元社長は、被災地にパンを届けたものの、
どうしても日が経つとパンは傷んでしまう。
“何日も経った後も柔らかくておいしい”
そんなパンが作れないだろうか。
その想いから、開発を始めたのだ。

最初は真空パックを試し、
その後缶詰を試した。
そして改良を重ね、
ついに1996年にパンの缶詰が
発売となったのだ。

その後も試行錯誤を重ね、
今のカタチへとなったわけだが、
そこからも順調なわけではなかった。

せっかく、美味しく3年保つパンの缶詰が
開発できたのに“売れない”のだ。
(メーカーとしては決定的な問題だ)
そこで秋元社長が打った次の一手は、
メディアを活用することだった。

防災の日、地元の市役所に
パンの缶詰を500缶寄贈した。
そのセレモニーがメディアにも大きく取り上げられ、
人々の注目を集めたのだ。

そこからさらなる展開として、
パンの缶詰をいわばリサイクルする
「救缶鳥プロジェクト」へと
つながっていくのだ。

いまや、“世界の”といっても
過言ではない「パン・アキモト」。
諦めずにチャレンジを繰り返した、
秋元社長の姿勢があったからこそ
今があるのだろう。

やはり、経営者として大切なのは
「動中の工夫」なのだ。
机上の理論だけではなく、
実際に行動して出現するさまざまな壁を突破する。

それは、秋元社長だけではなく、
これまでに話を伺ってきた
実績ある経営者のすべてに共通している。

「挑めばチャンス、逃げればピンチ」

この姿勢こそ、経営者として
大切にしていかなければならない。

bookmain

ついに「パン・アキモト」の 書籍が登場

book2

1996年にパンの缶詰が 発売

book3

パンの缶詰をいわばリサイクルする 「救缶鳥プロジェクト」

ページTOPへ
ページTOPへ