これからの選ばれるビジネス!

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選ばれる仕事道

06/22
2020

sgtmain

“根っからのイノベーター”スティーブ・ジョブス

“ビジ達7”のコンテンツづくりのために
「ジョブス vs セイジ」の経歴を創ってみた。
なんてことはないのだが、
1955年生まれ同士としての比較なのだ。
誕生日も1ヶ月しか違わない。

ジョブズはサンフランシスコで生まれ、諸事情で
養子に出される。
私は親の離婚に伴い、1才に満たない頃から
母の実家の農家で育てられた。
これが1955年のこと。
(境遇は似ているかも・・・?)

その後、ジョブズは1973年にポートランドの
リード大学に入学。
私は同じ年にデザイン専門学校に入学した。

そして1976年、
21才の時にアップルコンピュータ創設。
1977年自分は社長には向かないと判断し
マイケル・スコットを社長にし、自身は副社長に。
そして1980年25才でアップル社を上場。
すでに100億円以上を稼ぎ出していたという。
(その頃の私は・・・年収300万円以下のサラリーマン。)

ところが1981年にスコットを解任し、
1983年、ペプシコーラ事業担当社長をしていた
ジョン・スカイリーを
「このまま一生砂糖水を売り続けたいか?
それとも世界を変えたいか?」と口説き
スカイリーが社長に就任。
しかし、なんと1985年にそのスカイリーにより
ジョブズはすべての業務から解任された。
30才の時だった。
その後ジョブズはコンピューターのNeXT社、
アニメーションのピクサー社を設立。
追放されてもチャレンジを続けていたわけだ。
1997年、アップルがNeXT社を買収したことにより
ジョブズがアップルに復帰。
2001年には、iPod, iMac, iTunesと次々と革新的な商品を発売。
そして、2007年にiPhoneが登場、現在に至っている。
このように、世界を変えるイノベーションとなる
ものづくりをしてきた。

ジョブズは経営がうまいわけではないと自覚し、
誰かに会社経営をまかそうとする。
だが、クリエイターである(?)自分の方向性と常に
ぶつかりあいがあり葛藤を繰り返してた。
“イノベーター”であることと、
会社経営は相容れないところがあったのだろう。

ジョブズは“いい会社”を創ろうとしていたのでも、
“儲ける会社”を創ろうとしたわけではない。
世界を変えるような“イノベーション”となる
ものづくりをしたかったということ。
残念ながら今から9年前に56才で他界したのだが
一貫して“根っからのイノベーター“であった。

私はジョブズと比較するとかなり“晩成型”。
私の経歴に書ける要素はご覧のように40代以降。
私もイノベーターとして存在したいが、
ジョブズのようなマネはさすがに難しい。
でも、私はまだ生かされているわけで、
もう少し社会に貢献できるイノベーターとして
チャレンジしていきたい!


sgtmain

ジョブス vs セイジ!?

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選ばれる仕事道

04/27
2020

sgtmain

“目が不自由なことが強み” 成澤俊輔氏の仕事道

先日のBusiness Todayの収録でお会いした
成澤俊輔(なりさわ しゅんすけ)氏は、
高校の時、健常者の15%以下の視力となり、
現在35才では3%程度の視力で
ちょっと光がわかる程度だという。
NPO法人 フューチャー・ドリーム・アチーブメント[FDA]の元理事長で、
現在は、一般社団法人「ともに」の理事。
企業のコンサルタントで福祉関係や障害者雇用にも尽力している。

成澤氏とお会いし、お話を聞いたのは2回目。
今回、成澤氏のチャレンジ精神が人並み以上ということを
改めて確認した。
なんと、一人で、ケニアに行きあれこれ体験してきた話もしてくれた。

成澤氏は健常者が気がつかないことや
健常者は経験できない目線や視点を大切にしている。
そして、私たちとは違う価値観と感性を武器にして
仕事をしているのだ。

成澤氏曰く、見えないことで、
・聴く力
・記憶する力
・予測する力、(準備する力)
が身についたという。

「人は見た目が9割」という本があるが、
これはまさに私達は見た目を大きな判断基準にしているということ。
例えば、「どちらの人を選びますか?」と言われた場合、
私達は視覚情報により、顔つき、仕草、目つき、顔色などから選ぶ。
だから相手が女性であれば、その嘘を見破りにくいという。
こう考えると成澤氏が言っていることがよくわかる。
すなわち見えることが私たちのいろんな障害になっているわけだ。

私も以前ラジオのパーソナリティをしていたことがあるのだが、
その人の言葉、声のトーン、しゃべり方、声の質で
人柄まで伝わってくるのだという。
大沢悠里さんも、50年以上(?)ラジオで活躍しているのも
多くの人が大沢さんの声で安心し、人間性に共鳴感を持つからだ。

ダイアログ・イン・ザ・ダークという経験もしたことがある。
完全に光を遮断した暗闇の中に少人数のグループで
視覚以外の感覚を使い、様々な(ゲームも)体験をする
エンターテイメント形式のワークショップだ。
このときも見えないことで気づくことがたくさんあった。

先日もお話をしたジョブズのConnecting the dotsの確立を計算すると
成澤氏は目が見えないことで、300人に1人で1/300、
経営者は100人に1人で1/100 そして障害者雇用等に関わっている人が
50人に1人で1/50。これをかけ算すると1/150万となり、まさに
150万人に1人の存在となるのだ。

これは、ちょっと大雑把な話だが、その存在は希有だということ。
それでいて、とにかくチャレンジ精神がハンパではない。
今、自分が設立したFDAの理事長を辞め、
次なるステージへチャレンジしようとしているのもそのひとつ。
成澤氏は“目が見えないことが強み”と度々口にする。
自分の“弱み”を逆手にとる。これが“成澤俊輔氏の仕事道”と言えるだろう。
もしかして、私達は見えることが私達のウィークポイント
なのかもしれない!?

sgtmain

一般社団法人「ともに」の理事、成澤俊輔氏

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成澤氏の著書

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選ばれる仕事道

04/20
2020

ジョブズから学ぶ

「荀子」から学ぶ“令和の仕事道“

君子曰く、
「学は以て已むべからず。」と
青は、これを藍より取りて、
藍より青く、
氷は、水之を為して、
水より寒し。    (荀子「勧学篇」より)

君子(もしかして孔子のことか)曰く
「学問は永久に継続して修めなければならない」。
青い色は藍という草から取ってできたものだが、
それはそのもとである藍よりもさらに青い。
氷は水からなっているが、水よりも冷たい。

荀子も継続して一生学び続けなければならないと
言っているのだ。
そして中島流の勝手な解釈だが、
荀子は、孔子、孟子のその先に行こうとしているのではと!?
また、荀子は、「人は生まれつき私利私欲に走りがちなものだが
後天的な努力や勤勉さ、善行の積み重ねなどで人としての道が
見えてくる」という性悪説を唱えた。

仕事をはじめた頃は、どうお金を稼げばいいのかと、
あれこれ俗っぽい発想していたものだ。
ところがある程度仕事が軌道に乗り、
仕事というものを突き詰めていくと、
“仕事をする理由はどこにあるのか”
“仕事を通じて何を学び、どう社会に貢献していくのか”
こんなことを考えることに。
そして仕事を通しての自分の存在理由は!?
社会における会社の存在理由は!?と。

すると、仕事に「道」をつけ「仕事道」という
言葉が浮かんできた。

“掃除道”を学び、小学生の時からの“柔道”を学んだことにより、
仕事にも「道」をつけてみたわけだ。
すると、“人としてのあり方”、“仕事のあり方”までもが
見えてきたということ。

もう「仕事道」という理念は10年以上つかってきたわけだが、
今回は“令和の仕事道”として改めて紹介したい。
“令和時代の中島流「仕事道の極意」4つの実践”とは、
1.人間性の向上
2.プロとしての成長
3.組織の成長
4.社会貢献

これを荀子になぞえると、
「学は以て已むべからず」で
継続して追求していかねばならないということ。

そして先週のビジ達、“NeedsソリューションからWantsソリューションへ”
でも発信したのだが、この“仕事道4つの実践”に「美意識」をかけ算
してこそ、“令和の仕事道の実践”ということなのだ。
今まさに、“パラダイムシフォトのとき”と言い、あらゆるものが
入れ替わる時期だが、この「仕事道」の理念は変わらない。

当時流行っていた“LOHAS”にちなみ
“MOHAS”つまりManagement of health and sustainability
という言葉も“仕事道”の説明として当時創った。
“健全で持続可能な経営”を目指すという意味だが、
まさに“真・善・美”につながるわけだ。
ということで、荀子の発信の通り、
「私達経営者は常に学び続けなければならない」を
令和の仕事道として実践して行きたい。

ジョブズから学ぶ

「荀子」いわく…

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令和の仕事!

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選ばれる仕事道

04/06
2020

sgtmain

隈研吾氏のConnecting the dots

先週もビジ達モバイルで紹介したのだが、
隈研吾氏の設計した建築は様々な場所で出会える。
先日も九州を旅した時に泊まらせてもらった
長崎のガーデンテラス長崎ホテル&リゾートの建物が
偶然、隈研吾氏の設計だった。

ホテルのパンフレットには、
「長崎らしい街並みを活かし、現地からの眺望や周囲の自然を
窓という『額縁』で切り取ることをイメージした」
と記されてあった。
長崎は昼は昼の良さがあるのだが、夜の町を部屋から
眺めた景色は素晴らしく、それが多くの観光客を集める要因だ。

実は、隈研吾氏も私の同級生。スティーブ・ジョブズ氏も同級生。
だからと言って特別なものがあるわけではないのだが、
同級生は何故か意識する。

そこで、隈研吾氏がこのようなデザインをするようになった
経緯に着目した。
隈氏が好きな建築家はフランク・ロイド・ライト氏。
ライト氏の語った、
「建物ができることで、その景色が前よりも良く感じられるような設計」
を隈氏も意識していることは、歌舞伎座、新国立競技場等を
見てもよくわかる。

隈氏は、1980年代中頃にコロンビア大学に留学。
留学前までは、コンクリートの壮大な造形美にあこがれていた
“熱狂的なコンクリートファン”だったのだ。
ところが留学先で木材を使った建築美に目覚めた。
このdotsがなければ現在のデザインには至らなかっただろう。

帰国し、1990年独立し、設計事務所設立。
ところが、バブル崩壊により都会での仕事がなくなり、
地方を回り、地域に溶け込む設計に注力した。
さらに、阪神淡路大震災、東日本大震災を経験し、
人工物で自然に立ち向かおうとする思想の破綻を感じた。
そして、森林を手入れして生み出された木材こそが、
“人間と地球をつなぎとめる存在”として、
木材を活かす、隈氏独自の“自然と調和した“設計が確立された。

その後、「負ける建築」という発想に行き着いた。
周囲を威圧する高層建築ではなく、
地域の風土に溶け込み、時には施主の経済状況にも歩み寄り、
多岐にわたる条件を受容する建築を名付けてのこと。
ここに隈研吾氏ならではの価値観が見いだせる。

隈研吾氏曰く、「建築というのは才能ではなく、粘り!」
クライアントの意向や予算も含め、
何度も試行錯誤を重ねやっていくうちに、
自分でも気づかない何かその地域にあったものが
できてくるというのだ。

実は私も仕事を継続していく上で、大事なのは“粘り”だと
思っている。(まぁ~~私はしつこいからねぇ~~~)
もしかしたら、ず~っと長くその仕事を継続して来た人たちの
結論は“粘り勝ち”なのかもしれない。
日本を美しくする会の鍵山相談役も“粘り”で、
習慣の徹底を身を持って教えてくれている。

sgtmain

隈氏の洗練された建築

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隈氏曰く「建築というのは才能ではなく、粘り!」

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結論は“粘り勝ち”!?

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選ばれる仕事道

03/02
2020

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全て必然、必要、そしてベストタイミングで! まさに仕事道!

先日「掃除の奇跡フォーラム」を開催した。
2020年“日本を美しくする会”の総会の後で
行われた全国の掃除の会の代表世話人たちが集うイベントでのこと。
昨年末に「トイレ掃除の奇跡」が出版されたのを記念し、
関係者によるパネルディスカッションを開催したのだ。

この本は、20年前に発生し、18年前に収束した広島の暴走族事件
をテーマに書かれている。
大きく拡がった広島暴走族問題を、日本を美しくする会
広島の代表世話人 井辻氏、広島県警 竹内警察官、
その後から登場する広島県警 竹花本部長の3人と
鍵山相談役が関わることで、約2年半後に、収束させた
ノンフィクションだ。

1999年から2001年は暴走族のピークだった。
1999年11月に広島では、「えびす講事件」という
警官隊と暴走族の衝突事件が発生した。
その動きと平行しながら、竹内警察官が
暴走族に“一緒にトイレ掃除をしよう”と声がけをしていったのだ。
勿論、簡単には暴走族の暴走が止まらずにいたところ、
2001年9月に竹花県警本部長が着任。
暴走族取り締まりに注力し、12月にはパトカーが暴走車に
体当たりする強行策も実行された。

暴走族の背後には、暴力団と人的、資金的つながりのある
「面倒見」という人物がいたのだが、この「面倒見」にも
竹内警察官が“トイレ掃除”を声がけした結果、暴走族と竹花本部長、
井辻代表世話人そして鍵山相談役が一緒にトイレの便器を磨くという
機会もつくれたのだ。
もちろん、そこに広島市民の協力があったことも忘れてはならない。

2002年の4月には、暴走族追放条例も施行され
その秋には広島の暴走族問題がほとんど収束したという。

冒頭のパネルディスカッションに話を戻すが、
そのコーディネーター役をさせてもらいながら、
頭に浮かんだキーワードは、
「この世に起こることは、全て必然で必要、
そしてベストタイミングで起こる」
という松下幸之助氏の言葉!

すなわち、広島の暴走族問題解決にあたり、
“トイレ掃除”をテーマに、竹内氏、竹花氏、井辻氏と鍵山相談役が
ベストタイミングで出会ったからこそ、短期間で収束できたのだ。
すなわち、“必要”、“必然”、そしてベスト”だったということ。

そして暴走族をしている若者も、立ち直りのきっかけとして
“トイレ掃除”があり、また、暴走行為をしている若者達を
立ち直らせてあげたいという市民の「思い」が
うまくからみあい収束に至った。
まさに、“必要”、“必然”、“ベストタイミング”だったと。
これが“トイレ掃除の奇跡“と言われる所以。

私達の人生においても、必ずいろんなトラブルが起こる。
そこで、悲しかったり、腹が立ったり、不安になったりしたとしても
そこで学ぶことが、その後の人生に関わってくるのではないか・・・
そう考えれば乗り越えられるのではないだろうか!?


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掃除の奇跡フォーラムの様子

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暴走族問題をトイレ掃除で解決!?

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