これからの選ばれるビジネス!

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09/29
2025

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井上陽水が自分に捧ぐ“新・人生がニ度あれば”

井上陽水氏のアルバムを久々にSpotifyで聴いていて
思わず口ずさみ、その意味を改めて考えてみた。
タイトルは『人生が2度あれば』。
↓ ↓
父は今年二月で六十五
顔のシワはふえてゆくばかり
仕事に追われ
このごろやっとゆとりができた
父の湯呑み茶碗は欠けている
それにお茶を入れて飲んでいる
湯飲みに写る
自分の顔をじっと見ている
人生が二度あれば
この人生が二度あれば

母は今年九月で六十四
子供だけの為に年とった
母の細い手
つけもの石を持ち上げている
そんな母を見てると人生が誰の為にあるのかわからない
子供を育て
家族の為に年老いた母
人生が二度あれば
この人生が二度あれば

【この曲がデビュー曲だったという?!】

父は今年で65…
母は今年で64…
この歌がデビュー曲(再デビュー)としてリリースされた
1972年は、井上陽水氏は24歳。
福岡県飯塚市で育った。
(私はまだ17歳で北海道にいた)
へ〜よく24歳でこの歌詞に至ったものだ。
当時から、それまでの人たちと何かが違うと思ってはいたが…
やっぱり才能とセンスだろうか?!

そして1973年にリリースしたアルバム「氷の世界」は
日本初のミリオンセラー作品に!

「窓の外ではリンゴ売り 
声をからしてリンゴ売り
きっと誰かがふざけて 
リンゴ売りのまねをしているだけなんだろう」
(これは「氷の世界」の歌詞だが…なぜこんな歌詞に?!)

その後「傘がない」「夢の中へ」「いっそセレナーデ」
「リバーサイド ホテル」「少年時代」などの名曲を多数発表した。
この私でさえ、どの曲も大体は口ずさむことができる。

【「新・人生が二度あれば」を歌って欲しい!】

シンガーソングライターとしてデビューして52年。
井上氏はさまざまなヒット曲を世の中に発信してきた。
私は中森明菜さんが歌っていた
「飾りじゃないのよ涙は」を思い出す。
(流石にあの高いキーでは、歌えなかった記憶が…)
中森さんにとっては、アイドルからアーティストへの
転機となった重要な曲だ。

井上陽水氏は団塊の世代であり、もう77歳だという。
当時の“人生が二度あれば”の両親よりすでに年老いている。
そこで提案だが、今度は父や母ではなく
自分をテーマに「人生が二度あれば」を歌って欲しい。

どんな違う自分を想像するのか?!
果たしてどんな歌詞になるのだろう。
もちろん、曲は一緒で歌って欲しいのだが…

さて、私なら…人生が二度あれば…

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井上陽水氏のアルバム

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選ばれる仕事道

09/29
2025

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小児血管外科医が “益はなくとも意味がある”を実践!

このところ“益はなくとも意味がある”をテーマに
発信することが多くなったが、
この言葉、“つい利益を優先してしまう”社会環境に対抗して、
発信しようとしているのだ。
私自身もついそういう判断になりがちのこともあり、
自分への戒めも含めてのことなのかもしれない。

世界一貧しい大統領と呼ばれた
“ムヒカ”ウルグアイ元大統領の多くの言葉も
“益はなくとも、意味がある”の事例になるだろう。

そして鍵山秀三郎相談役の…
「“人間力”とは、“智”と“情”の総和ですので、
“情”の面が退化すれば人間力という総和力は低下します。
“情”とは周囲の人に気を配り思いやる心です。
“智”の不足は“情”で補えますが、
“情”の不足は“智”では補うことができないのです」
などは、知識や利益よりも“意味あること”を
優先して欲しいと言っていたに違いないのだ。

そんな矢先、たまたま観ていた
『move your heart~医療機器開発に挑む医師~』
というタイトルのドキュメンタリー番組。

【コスパやタイパよりも医師としての役割を追求!】

心臓病の子どもが何度も受けなければならない
過酷な手術を1回でも減らすため、
小児心臓血管外科医・根本慎太郎氏は
自ら新たな医療機器の開発に挑む。
子ども用の医療機器は、
開発にかかるコストと時間の割には需要が少ないからと
多くの企業が開発に取り組みたがらない。

根本医師はコスパやタイパよりも
目の前の子どもたちを救いたいと願い奔走する。
理想の未来に近づくために何ができるのか。
この挑戦し続ける1人の医師の姿こそ
“益はなくとも意味がある”の実践なのでは?!

【池井戸潤の小説『下町ロケット』続編のモデルともなった】

先天性心疾患を抱える子どもたちの
負担を減らすために開発された、
心・血管修復パッチ“シンフォリウム”。
根本医師が10社以上の企業に開発を断られながらも、
開発にこぎつけた執念や、心臓病の子どもたちへの
思いなどが番組では語られていた。

根本医師の取り組みは、かなり困難な道のりだが、
利益志向ではなく命を救うことを目的としている。
このパッチは、子どもたちの心臓手術において、
従来のものよりも効果的に利用できることが期待されている。
結果として、日本国内のみならず、
世界中の医療に新たな選択肢を提供しているのだ。
このプロジェクトは、池井戸潤氏のあの『下町ロケット』の続編
「ガウディ計画」のモデルにもなったという。

↓ ↓ ↓

うんうん、いい事例だねー。

「益はなくとも意味がある」という価値観は、
短期的な利益を度外視して、長期的な人間の幸福や社会の発展に
貢献することを重視する姿勢を指している。
この理念は、利益追求のみに偏りがちな現代社会において、
新たな価値創造の基盤となり得る。
特に医療の分野では、この価値観が患者の生命を守るための
本質的な動機となるのだ。

ということで、ビジ達では“益はなくとも意味がある”の
紹介コーナーをつくりたいくらいだけど…

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『下町ロケット』続編のモデルにもなった

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選ばれる仕事道

09/24
2025

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「益はなくとも、意味がある」が価値観! “掃除に学ぶ会”関東ブロック年次大会

「この“水漉し”、尿石のこびり付き方がスゴい!」
「この臭いにも、男性小便器らしいインパクトがある!」
「これら尿石は、果たして剥がれてくれるのか?!」
など言いながらも、“水漉し”担当は
なぜかトイレ掃除経験も少ないメンバーとなったのだが…
今年の“関東ブロック年次大会”は千葉県茂原市で開催された。
(御園建設のみなさん、お疲れさまでした)

関東ブロックの“掃除に学ぶ会”のメンバーが中心ではあるが、
福岡から、京都から、大阪から、茨城からと
全国から100人を超える掃除人が集まってくれたのだ。

茂原市総合市民センターでの開催となり
学校での開催ではなかったのだが、
久しぶりにやり甲斐のあるトイレ掃除をさせていただいた。

フライヤーに書かれていたキャッチコピーは、
“益はなくとも、意味がある”。
鍵山秀三郎相談役が、宮城谷昌光著の小説『晏子』を
紹介しながら、繰り返し語っていたキーワード。

「掃除を通して心の荒みをなくし、
世の中を良くすることが私たちの心願です」
を活動理念として掃除活動を実践する
“日本を美しくする会”にとっては、
“益はなくとも、意味がある”は、大切な価値観であり哲学。

今大会のキャッチコピーが、このキーワーどとなった理由は
残念ながらフライヤーには書かれてなかったが、
私たち“日本を美しくする会”にとっては
意味あるキーワードなのだ。

【『晏子』における“益はなくとも、意味がある”】

『晏子』は中国の春秋時代(紀元前770年~紀元前403年頃)
の名宰相、“晏子”を描いた歴史小説。
この小説の中で、“益はなくとも、意味がある”という言葉は、
個人や社会の直接的利益を超えて存在する
行動や価値に焦点を当てている。

“晏子”は、短期的な利益にとらわれず、
長期的かつ広範な視野を持って事態を判断し、
それが人間性や社会にどのように影響を与えるかを考えていた。
この姿勢は、単なる成果主義にとどまらない、
本質的な意味を探る姿勢を表している。

【今の時代こそ“益はなくとも、意味がある”は重要な価値観!】

この言葉は、利己的な考え方の対極にあり、
何かを行う際に常に利益を求めるのではなく、
その行動がもたらす意味や価値を
追求しようというメッセージでもある。

この現代にあっても、“益はなくとも、意味がある”は
多くの分野で重要な意味を持つ。
例えば、環境問題への取り組みや、
持続可能な社会の実現に向けた取り組みには、
今すぐの利益や評価には繋がらないが、
将来の世代のために意味がある行動となる。

また、教育やアートにおいても、
直接的な利益に結びつかない活動が、
個人の成長や社会の文化的発展に寄与することにつながるのだ。

↓ ↓ ↓

ちなみに、私たち12班の水漉し担当の若手掃除人は、
なかなか剥がれてくれない尿石と2時間フルに格闘したことで、
“お陰さまで、いい経験ができました”と
最後の体験コメントで語ってくれていた。
(御園さん、井守さんお疲れさまでした!)

この経験が、次なるトイレ掃除の大会では、経験者となり
次なる若手を指導してくれることになるわけだ。
これも“益はなくとも、意味がある”ということなのだろう。

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全国から100人を超える掃除人が集結

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選ばれるビジネス

09/24
2025

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『7つの習慣』が私たちのビジネスにもたらす変革と価値

私が主宰の“リーダーズセミナー”の当初から
教本として使わせてもらっていたのが
スティーブン・R・コビー著の『7つの習慣』。
メンバーは1年間を通してこの書籍から、
ビジネスにおける意味ある価値観を学んでいたということ。

今年で18年目(18回目)のリーダーズセミナーだが、
このところの“体験ワークショップ”が立て込んできたことで
残念ながら今は教本として活用していないのだが…


とはいえ、『7つの習慣』には、
その“7つの習慣”のそれぞれの意味含め
私自身もいろいろお世話になったのは間違いない。


【自己啓発とリーダーシップのバイブル?!】

スティーブン・コビーの名著『7つの習慣』は、
自己啓発とリーダーシップのバイブルとして
地球規模で長く愛されてきた書籍。

本書が提唱する習慣を日常やビジネスに取り入れることは、
単なる自己改善にとどまらず、
組織の成果や人間関係の質を高めることに直結する。

もっといえば、その会社でありグループにおいて
“7つの習慣”に関するキーワードは、
価値観を共にするものとしての共通語となり
スピーディな連携に貢献するという。

ということで、改めて“7つの習慣”の意味、
そして実践の価値について確認したい。


【第一の習慣/主体性を持つ】

自らの行動と選択に責任を持ち、
環境や状況に流されず前向きに取り組む姿勢は、
ビジネスの現場で大きな強みになる。


【第二の習慣/終わりを描くことから始める】

明確な目的やビジョンを持つことは、目標達成の土台。
ビジネスにおいては、長期的な戦略や個人のキャリアビジョンを
意識することで、迷わず進むべき方向性を定められる。


【第三の習慣/優先順位をつける】

重要なことを優先し、
緊急性だけに追われない時間管理が求められる。
仕事の効率を上げるとともに、
ストレス軽減やバランスのとれた生活を実現。


【第四の習慣/Win-Winを追求する】

協力と共存の精神は、ビジネスの基本。
相手も自分も満足できる解決策を目指すことで、
長期的な信頼と良好なパートナーシップが築かれる。


【第五の習慣/まず理解に徹し、次に理解される】

良好なコミュニケーションが基本。
相手の意見や考えに耳を傾けることで、
誤解や対立を防ぎ、深いつながりが生まれる。


【第六の習慣/シナジーを創り出す】

多様な意見や強みを組み合わせて、
新たな価値やアイデアを創出する。
シナジーはイノベーションの促進や問題解決において
組織の競争力向上に寄与する。


【第七の習慣/刃を研ぐ】

自己成長とリフレッシュを継続することの重要性。
リーダーや社員が自己管理を怠らず、
健康や学びに投資することで、持続可能な成果を得られる。


↓ ↓ ↓

こんなふうになぞるだけでも、
ラインの入った紙面と、そのシーンが思い出される。

『7つの習慣』は、自らの行動を見つめ直し、
より良いビジネスパーソンへと成長させるための羅針盤。
すべてが加速する今だからこそ、
自己と組織の可能性を引き出すために、
改めてこれら習慣を日常に取り入れてみては?!


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自らの行動を見つめ直そう!

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シナジースペシャル

09/16
2025

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岩と岩の間のゴミはなかなか手に負えない! “伊豆下田海岸清掃”イベントに参加。

太いロープ、厚いゴムプレート、発泡スチロール、
ビニール袋、分厚いプラスチックマット…
これらが岩と岩の間に挟まっていて、なかなか取り出せない。
ということもあり、おおよそ3分の1はチカラ不足で諦めるのだ。
この岩場の清掃活動は、結構チカラを使う。
(波のチカラは、スゴい!)
そしてペットボトルはもちろん、もっともっとさまざまな
プラスチックゴミと言われるものがたくさん収集される。

今回は、伊豆下田の“九十浜(くじゅっぱま)”海水浴場に
男女約30人が集まっての清掃だった。
“日本を美しくする会”で鍵山秀三郎相談役から
いろいろと指導を受けた私としては、
できればもっと活躍したかったわけだが、
残念ながら海岸清掃のノウハウがほとんどない私としては、
大人しく一掃除人としてお手伝いさせてもらった。
(→ミナミさん、ユリさん、お疲れさまでした)

【なぜ今、世界中での海岸清掃活動が増加しているのか?!】

日本をはじめとした世界中の地域で、
海岸清掃活動が活発化している。
その背景には、海洋に漂う
プラスチックごみの存在の深刻化がある。

近年、私たちの生活や産業活動が生み出すゴミの多くが
海へ流れ込み、海洋生態系に甚大な影響を与えている。
プラスチックは分解されにくく、海鳥や魚、
さらには人間の食事まで汚染し、
健康被害さえも引き起こすことが指摘されている。
こうした危機感から、地域での海岸清掃や啓発活動、
国際的なキャンペーンが各地で拡大しているという。

【地域のつながりと“サステナビリティ”への意識】

海岸清掃活動は単なるゴミ拾い以上の意味を持つ。
それは、地域の人々が自然と向き合い、
環境保全の重要性を再認識する場。
ゴミを拾いながら、地域の活性化やコミュニケーションの促進、
そして環境への責任感を育むことにつながる。
すなわち地域社会の“サステナビリティ”へとつながるのだ。

未来の子どもたちにきれいな海を渡すためには、
日々の小さな行動の積み重ねであり、
意識改革が求められているということ。

さらに、こうした取り組みは、“モノづくり”や
“資本主義の価値観の見直し”にも通じている。
必要以上の消費や使い捨て文化は、
結果として海洋汚染や大量ゴミ問題に繋がっている。
もう私たちがゴミ拾いを続けるだけでは不十分。
私たちの“モノづくり”の設計や資源の循環型社会への移行、
そして経済の仕組み自体を、
根本から見直す時期に来ているということなのだ。

海岸清掃活動は、“持続可能な社会”への
根本的な変革への呼びかけでもあるということ。

↓ ↓ ↓

今回の伊豆下田の海岸清掃は、
歴史ある下田の街歩きも兼ねてのイベントだった。
この組み合わせ体験が、
参加者の“サステナビリティ”への意識を
より高めてくれるに違いない。
まさに“益はなくとも、意味がある”イベントなのだ。

今回は“九十浜(くじゅっぱま)”海水浴場の清掃だったが、
私が過去に参加した海岸清掃は、
千葉の外房“九十九里浜海岸”。
何の“いわれ”があるか分からないが…
“九十”の繋がり?!
とにかく、この頃の日本の海岸は
かなり汚れてきているのは間違いない。
もしかしたらこれまでの“便利”を捨てる覚悟の
“苦渋(九十)”の決断を迫られることになるのかもしれない。

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男女約30人が集まっての清掃活動

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