これからの選ばれるビジネス!

これからの選ばれるビジネス!中島セイジのビジネスの達人

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はなまるア・ラ・カルト

03/07
2016

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東京マラソンの完走率とサポーター

出走者、3万6150人。完走者、3万4694人。

その完走率は…なんと約96%!
今年もスゴイ!

2月28日に開催された東京マラソン2016(もう開催10
回目だ)。我らが仲間のゴービンこと西村剛敏社長
(明成建設)は今年も走っていた。そんな理由もあって、
今年も私は事務所のある飯田橋の5キロ地点付近の
沿道から、カメラを携えてランナーたちに声援を送ら
せてもらった。

東京マラソンは、2007年の第1回では96.3%、第2回は
97.4%、その後も96.6%、94.1%…と続くように、
軒並み高い完走率を維持している。これはすごい数字だ。
千葉の房総で行われている100キロ歩きでは、その完歩
率は高い時で80%台、低い時には60%台となってしまう
(42.195キロと100キロでは、その条件はだいぶ違って
くるとは思うが…)。

それにしても、この東京マラソンの完走率の高さとその
維持力には驚かざるを得ない。私はその理由が、出場す
るランナーよりも、彼らを支えるサポーターや沿道で応
援する人々、そして大会ボランティアの人たちにあるの
ではと見ている。

例えば、このマラソンの名物のひとつに色々な仮装をし
たランナーたちがいる。キャラクターの被り物など、そ
の仮装は実にさまざま。なんともユニークな姿の彼らが
通ると、沿道で応援をしている子どもも大人もとても楽
しみながら「頑張れ~」の声をかけている。

逆に、走り疲れたランナーには、沿道からの途切れぬ声
援とサポーターの温かな心遣いが待っている。絆創膏や
コールドスプレー、必要とあれば軽食までも手渡してく
れる厚いサポートたちがいるのだ(仲間の人たちの場合
もあるのだが…)。そんな応援がランナーたちの心を奮
い立たせ、再びゴールへと足を運ばせる(100キロ歩き
では特に、完歩にはサポーターの力がいかに重要である
かをいつも感じている)。

いかに完走率を上げるのか、それが東京マラソンのテー
マの1つだという。たとえばリタイアしたのが3万6000人
の中の10%だったとしても、人数にしてみれば3000人を
超えてしまう。すなわち、「はとバス」一台60人乗りと
すると、何と50台以上必要となって来るのだ。とんでも
ない台数を用意しなければならなくなってくる。

そんな中で、楽しく応援しながらも4時間以上も沿道を
賑わせてくれる応援者たち。そして支えるサポーターや
そのすべてを調整管理する大会ボランティアの方々。そ
れぞれの関係性がうまく噛み合っているからこそ、96%
という高い完走率を生み出せているのだ。

さて、私が42.195キロを走る気になるのはいつになる
ことだろう!? “古希”の祝いで走ってみようかな~。
(9年後だぁ)

100キロ歩きの実績はあるわけで、
リミットの7時間は歩いてもクリアできるわけだし…。

はっはっはっはっ、余裕、余裕。


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3万6000人を超える出場者!

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飯田橋は5キロ地点

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余裕のスマイル!我らがゴービン!

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ウエイター姿のランナーもいたり…

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コース脇には「はとバス」も待機

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はなまるア・ラ・カルト

02/29
2016

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鍵山流キュレ―ション「一日一話」のおすすめ

私の携帯には、毎日『鍵山秀三郎の一日一話』がメール
マガジンとして配信されてくる。

これは鍵山相談役の書籍から抜粋され、メルマガとして
多くの人たちに送信しているものなのだが、この「一日
一話」がついに韓国版でも出版されたという! これで
海外二ヵ国目ということだ。既にイタリアでも出版され、
世界規模でその考え方や価値観が評価されているなんて、
さすがの鍵山相談役である!

私も毎日、目にしている「一日一話」。(実はスルーする
ことも多いのだが…)

開始からもう4年ほど経つだろうか…。てことは、同じ
話がもう4周目になるかもしれない。なのに見るたびに、
新鮮だったり、気づきをもらえるのだ。

ここで、このところの「一日一話」を紹介しよう。

その日に書かれていたのは、職場環境の維持を改善する
スローガン「5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)」
についてのお話。

この「5S」を鍵山流に解釈すると…(鍵山相談役も誰か
に教わったようだ)
1、整理→分別すること
2、整頓→明示すること
3、清掃→行動すること(清掃即行動)
4、清潔→上記の3つを維持すること
5、しつけ→習慣にすること 
なのだという。

1と2は仕事の効率を、3と4は仕事の質を向上させる。
そしてそれらを5の習慣にして徹底させる…というよう
な内容。すなわち、よく知られた「5S」を、鍵山流の新
しい解釈として紹介しているのだ。

また別の日には、「一切の不幸せは、貧しさや不足から
生ずるのはない。あり余るところから生ずるのだ」とい
うトルストイの『戦争と平和』の一節をあげて、現代に
生きる人々が不幸なのは、その有り余る豊かさに感謝の
念が足りないからなのでは、と述べている。

このようにメルマガの2日分だけを紹介しても、いろい
ろな気づきがあるわけで…。

最近のインターネット用語では、情報を収集・整理し、
新たな価値を与えて共有することを“キュレ―ション”
という。そしてこの「一日一話」は、まさに鍵山相談役
の視点での“キュレ―ション”と言えるのではないだろうか。

鍵山相談役自らが自身の価値観をもって、情報を集め、
整理整頓する。そしてそれを今の時代だからこその新た
な価値や意味を付与して、発信しているのが“鍵山流キ
ュレ―ション”の「一日一話」なのだ。

このように、選ばれし人にあるひとつの価値観をもって
選ばれたものが、私たちのビジネス、そして日々の送り
方の良いヒントとなってくれるのは間違いないだろう。

“鍵山流キュレ―ション”の「一日一話」を是非あなた
も読んでみてはいかがだろうか。


※「日本を美しくする会」のホームページで鍵山秀三郎
氏の“一日一話”をメールマガジンとして受け取ること
ができます。

登録はこちらから!


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Mrセージもびっくりの韓国版!

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鍵山氏もそっくりのお人形と2ショット

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ふむふむ…中身はこんな感じか

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はなまるア・ラ・カルト

02/08
2016

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タラレバ3回、健康ルール3乗

「あ~、あの三次会に行かなければ…」や
「もっとしっかり運動していたら…」など、
日常生活の中ではついつい過ぎてしまったことに対して
「~たら」「~れば」を使いがちだ。

今更言っても仕方がないのに、
「あの時間にラーメンを食べなければ…」
「ちゃんと野菜を食べていたら…」など、
例をあげたらきりがない。

こうした怠慢は、私が以前からお話している、
ビジネスのルールづくり“タラレバ3回、ルール3乗”を
応用すれば改善できるかもしれない。

これは、ビジネスで“タラ”“レバ”が3回続いたら、
トキ・モノ・コトそれぞれにしっかりとした
ルールをつくり改善するというもの。
そして、改善すべきことにしっかりと
“時間”を確保し、改善に必要な“道具や物”を準備し、
改善するために必要な“行動”を起こすこと。

この“タラレバ3回ルール3乗”に「健康」の要素を足して
“タラレバ3回健康ルール3乗”とすることで健康面においても、
怠惰な部分が大きく改善されるだろう。

私の場合、運動面では、ランニングや筋トレ、
背中の柔軟体操などを習慣にしている。
食事面では、20年近くキャベツを主食に…
ということでもないのだが、
家では必ずキャベツのサラダをかなりの量食べている。
また、毎朝自家製のカスピ海ヨーグルトを食べて体調を整えている。

さらに、睡眠はなるべく7時間近くとろうとしており、
朝の街頭清掃や、自転車移動も継続している。

なぜこんなに健康ルールを設けて徹底しているのかというと、
健康とビジネスには大きな繋がりがあるからだ。

例えば、私が4年務めさせていただいた
ラジオのパーソナリティーの仕事は
こうした健康ルールのおかげで、
常に万全の状態で収録に臨めたこともあり
一度も穴をあけずに無事、終了することができた。

また、会社経営は1年2年で終わるものではなく、
数十年と続くもの。だから、継続して
自分を律していく習慣の徹底が必要になるのだ。

ビジネスで必要な継続と
習慣を身につけるうえでは、健康をテーマにするといい。
なぜなら健康な身体がないと、
いい発想もいい決断もできないからだ。
さらに付け加えると、空いている時間でなんとなく
健康のための習慣を実行するのでは意味がない。

そのための“タラレバ3回健康ルール3乗”だ。
運動をするためにあらかじめ時間を空けておくなど
まず、“トキ”を確保する。次に運動するための
トレーニングウェアなどの“モノ”を揃える。
そしてランニングや筋トレなどの“コト”を実行するのだ。

この3乗を守って習慣付けることが、
健康を維持し、結果的に良いビジネスの発想や決断に繋がる。

ご存知のスティーブン・R・コヴィー氏の著書
『7つの習慣』にこんな文章がある。

「成功者たちの共通点は、成功していない人たちの
 嫌がることを実行に移す習慣を身につけているということである」

つまり、人がなかなかできないことをしっかり習慣にし、
実践することが、目標に行き着くための近道だということ。

ビジネスと健康は密接に繋がっていて、
万全な状態を維持するためには
“タラレバ3回健康ルール3乗”を実践することが良いだろう。

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タラレバ3回ルール3乗!

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成功者には共通点がある!

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はなまるア・ラ・カルト

01/18
2016

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“コトコト交換”の意義

昔から“物々交換”という言葉がある。
これは、モノとモノを交換すること。
しかし、中には一見物々交換に見えるのだが、
実は“コト”と“コト”を交換する“コトコト交換”が存在し
コミュニティを形成していく上では重要な要素となっている。
それについて、先日取材も兼ねて訪問した
大里綜合管理の野老社長が語っていたことを思い出し、改めて考えた。

大里綜合管理では、ご存知の方も多いと思うが
(テレビ東京系放送のカンブリア宮殿でも紹介されていた)、
お客様に対して、社員から合唱のおもてなしを度々している。
これが思った以上にお客様に好評なのだという。
この程度の自分たちのできること、
得意なことをするだけでも喜んでもらえるというのだ。

野老社長は地域の人たちの“ひとり一貢献”をテーマに
様々な活動をしている。
歌が歌える人は歌という“コト”を、
楽器ができる人は演奏という“コト”を、
料理のできる人は料理という“コト”を
提供するのが大切だというのだ。
そして、「誰にだって特技はある」とも続けた。

つまり、誰もが得意なことを持ち寄ることで、
そこに誰かの特技を求める人が集まり有意義な時間が生まれる。
それが地域の人たちにとって有意義で意味のある
コミュニティづくりになるというのだ。

おっ! これは、拙著『儲けないがいい』の冒頭で著している
「3人の仕事」という寓話と同じ話ではないか!!
(ご存知ない方のために冒頭をご紹介しよう…)
「3人の仕事」・・・・

ある小さな島に3人の人が住んでいました。
狩りが上手で獣や鳥をたくさん獲れるA。
畑を耕すのが得意で、立派な野菜をつくるB。
そして、狩りも畑づくりも苦手だけど、料理がうまいC。
それまでは、それぞれで生活をしていたのだが、あるとき…。

筋書きは、上記のように得意なことがそれぞれ違う3人が、
自分の得意な“コト”を持ち寄って、お互いに持ちつ持たれつ、
相乗効果のある展開をしていくという話だ。

お分かりだろうか。
これらの人が持ち寄るのは野菜であり、
肉(動物)なのだが、実のところ、
提供しているのはその人の得意な技術であったり、ノウハウなのだ。

すなわち、“コトコト交換”。
“モノ”ではなく、“コト”と“コト”の交換だから
相手に対してリスペクトの念がそこに醸成されてくるということ。

残念なことにこれまでの経済効率時代は、何か行動を起こすと、
その見返りとして真っ先にお金の多寡を考えてしまう。
これでは、なかなか人間関係もできにくいし、
いい地域コミュニティもできない。

あの名著『里山資本主義』の著者である藻谷氏も、
“コトコト交換”の考えを大切にする一人。
資本主義を否定するわけではないのだが、
経済性ばかりを重視して展開してきたことにより
ゆがみのある社会がつくられた。
それにに対し、里山を活かし
“コトコト交換”的価値観を大切にすることで、
地域のコミュニティを再構築していこうという発想。

“コト”の価値は一見、比較はしづらい。
でもコトコト交換こそ、そこで生きる人たちが
仲間意識を持って生活していくための意味のある手法なのだ。
そして、それが重なることで有意義で多くの人に求められる
コミュニティになっていくのだ。

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大里綜合管理恒例の大合唱

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拙著『儲けないがいい』発売中!!

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寓話「3人の仕事」の関係性

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はなまるア・ラ・カルト

01/04
2016

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開墾のはじめは豚とひとつ鍋

北海道を代表する菓子メーカー「六花亭」。
代表するお菓子の一つに
「ひとつ鍋」という最中がある。

鍋の形をした最中の中に、
美味しい餡と餅(求肥)が入っている
人気商品なのだ(私も馴染み深い)。

この「ひとつ鍋」という商品名は、
“十勝開拓の父”とも呼ばれる
北海道開拓者・依田勉三(よだ・べんぞう)が詠った
「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」という句に由来する。

勉三が北海道にわたったのは1881年のとき。
当時、開墾を目的として結成した「晩成社」を率いて
帯広市に乗り出した勉三らだったが、
開拓は困難を極めた。

句に登場する“ひとつ鍋”というのも、
当時の過酷さを示している。

ひとつ鍋とは、豚のえさを作るための鍋を指す。
鍋にくずのジャガイモやカボチャ、
くず豆やホッチャレ(味の落ちた鮭の身)
を入れて煮込んだものだが、
窮した状況下ではこれを酒のつまみ代わりにしたという
(個人的にはおいしそうに思えるが…)。

つまり、現在の北海道の姿になる前には
過酷な開拓時代があったということだ。

現在の北海道は「日本のフードバレー」だなんて
言われるほど多くの名産品や特産物がある。
だが、それらは多くの困難の中で開拓を進めた、
当時の開拓者たちの支えがあってこそということだ。

他にも、北海道で早くから行われた取り組みで
全国的にも有名なのが十勝ワイン。

ビジ達でも紹介した池田町では
ワイン産業(?)が盛んだが、
かつては産業が乏しく、ワイン事業は当時の
丸谷金保(まるたに・かねやす)町長を始めとして、
町民全体で取り組んだ一大プロジェクトだった。

寒冷地で育つブドウを研究開発して
安定したワインが作れるまで
多くの歳月を必要としたという。

北海道の開拓に勉三が挑んだ約70年後、
ワイン産業への挑戦を決意した丸谷町長。
さらに60数年後には、
私が「十勝(芽室)ワインヴァレー構想」へ
挑戦しようとしている。

もちろん、このワインヴァレー構想も
一筋縄ではいかないだろう。

だが、先達たちが築いてきた
環境の中でスタートができること、
勉三と丸谷町長お二人の
背景と覚悟の程を考えると
成功する可能性は高いと言える。

“ひとつ鍋”のような困窮した状況でも高い志によって
現在の北海道の土台を創った
当時の開拓者たちには本当に頭が下がる思い。

その頃に比べれば、ず~~っと条件は
揃っているわけであるが…。
とにかく、あきらめないしつこさも必要なことだろう。

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ひとつ鍋から感じる歴史

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壁にあの句が!

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おいしそう~

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美味しい豚丼の店にも…

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