04/28
2014
100km歩きは「肉体と精神の連携~」
今年もそのときがやってきました。
あの100kmウォークだ。
「ぐるっと房総100kmウォーク」と、
いかにもかわいらしい名前となったが、
その内容は変わらず過酷だ。
だって100kmを歩くわけだからねぇ~。
この大会は、主催者の1社である
大里綜合管理株式会社(大網白里)を
出発して、いすみ市から九十九里、東金を経て、
スタート地点の大里綜合管理へぐるっと
戻ってくる100kmのコースを
昼夜問わずに丸一日歩き続けるというもの、
(数年前の銚子をゴールとする100kmとはだいぶ変わったが…)
今年は300名ほどが参加して240名? ほどが完歩した。
「8割近くもの人が完歩できているからそれほど厳しくない」
と思う人がいるかもしれないが…!?
参加者は、たとえ完歩できてもその後に後遺症を残す人も少なくない。
27時間の制限時間ギリギリでゴールした人は、
感激して涙しつつ、ベッドに運ばれることも…。
そんな過酷な大会なのに、
再び参加する人が後を絶たないのはなぜか。
「その理由は…」と、簡単に説明できないところにこの大会の魅力はある。
言葉では説明のつかない経験のことを“暗黙知”
というが、100km歩きの体験はそれに近い。
私も数年前に完歩したのだが、
あえてそこで得た体験を言葉にするなら
「肉体と精神の連携」と、いうことになるだろうか。
100kmを歩いていると、必ずやってくる肉体の疲労や痛み。
そこを「ちくしょう! 負けないぞ! 」と、
気持ちでカバーする。だが、精神的に萎えてしまうときもやってくるのだ。
そんな中で、本当の自分の強さと弱さを身をもって知ることができる。
つまり、本当の意味で自分を知り、
自分に打ち克つことができる人間になれるかが問われる大会なのだ。
しかし、勘違いしてはいけないことが一つある。
それは決して一人の力だけでゴールできたのではなく、
サポーターや、一緒に歩く人たちの存在があってこその
達成ということだ。
完歩経験者であるサポーターは、
各チェックポイントで暖かい食べ物を提供したり、
ケガの処置をしたりと、大会中は寝ずに参加者をフォローし続ける。
参加者は、そうした厚意に助けられ、
寝不足や疲労で弱った心と身体を奮い立たせることができるのだ。
満身創痍の中で、いかにまわりの人のことを考え、
それを実行できるのか。また、感謝できるのか。
その大切さについて身をもって知ることができるのが、
この大会の一番の魅力なのかもしれない。
だから、完歩者は翌年自分の受けたことを
他の人にしてあげたいという気持ちになり、
サポーターになろうと考える。そしてそのサポートを
受けた人がその翌年のサポーターに…。
今後も、こうしたお互いを思いやる人の輪が
100km歩きによって広がっていくに違いない。
ちなみに、我が社からも4名参加し、
全員完歩できた。すばらしい!
この体験は、これからのビジネスにも生き方にも活かせるからね~。