これからの選ばれるビジネス!

これからの選ばれるビジネス!中島セイジのビジネスの達人

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選ばれる仕事道

04/03
2023

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『鍵山秀三郎“一日一話”』には 「不易流行」の“不易”がそこにある!!

先日、掃除の会の関係でPHP研究所顧問の櫛原吉男さんが
京都からわざわざQB浅草オフィスまで挨拶に来てくれた。
そして、何と鍵山秀三郎相談役の書籍を
PHP研究所が出版するようになったきっかけは、
櫛原さんだったとその時初めて知ったのだ。
(えっ、この櫛原さんが相談役に注力しなければ出版はなかった?!)

ある日、相談役は
「櫛原さん、人は“大きな努力で、小さな成果”がいいんです」
と語り、当然櫛原さんは咄嗟に
“えっ?! 逆なのでは…”と思った。
ところが話を聞いているうちに、この捉え方こそが
鍵山秀三郎氏ならではの考え方だと気がついたという。

そしてPHP出版から鍵山相談役の本を出版するにあたり、
原稿の執筆を依頼した亀井民治さんに鍵山さんのことを
このように話したという。
「鍵山相談役という人物を例えるならば、水みたいなものだと思います。
水はそのままに放置しておけば、
当然いつかは蒸発してなくなることでしょう。
それでは取り返しのつかないことになります。
その危険を防ぐためにも、いったん氷にしていつまでも保存できるように
しておくことが大事だと思います。
そのうえで、必要なときに解凍し活用できるようにしておくことです。
その作業が、出版です。
PHP研究所としても全面的に協力させていただきます」

結果、鍵山相談役の人柄や経営哲学に浸水した櫛原さんは、
PHP研究所からの出版に漕ぎ着けたという。
そして編集は出版界でも名を馳せていた
ヒットメーカーの安藤卓氏に任せることになる。
その後、相談役の本は全て安藤氏が編集している。

安藤さんは初出版にあたり
「長く読み継がれる本がいいと思います。
例えば、一日一話形式はどうでしょうか」と持ちかけ、
2004年に最初に発刊されたのが
『鍵山秀三郎「一日一話」人生の磨き方・掃除の哲学・人生の心得』だ。

本書はさまざまな企業や団体、学校等の朝礼で活用され、
鍵山秀三郎相談役の掃除哲学が世に広まる一つの役割を担った。
この本の代表的一話を紹介しよう。
~~4月15日の一日一話、凡事徹底~~
【1】すべてに行き届いている
【2】その人の主義と行動が迷うことなく一貫している
【3】すべてのものを活かし尽くす
この三つが「凡事徹底」の絶対必要条件です。
この三つのうち一つでも欠けると、「凡事徹底」とはいいません。
平凡なことを徹底してやると、平凡な中から生まれてくる非凡が、
いつかは人を感動させると信じています。

鍵山相談役の一日一話には、「不易流行」の“不易”がある。
それゆえ、繰り返し読んでも
その度に気づかされることがあるのだ。
時代のビジネスの“流行”を追い
発信することを仕事にしている私としては、
人間としての優先順位を教えてくれる“不易”こそが
最重要なことは分かっているわけだが、
なかなか身につけることは難しいもの。

相談役曰く、
「私には人より抜きん出た能力は一つもない。商売の才覚もない。
リーダーシップもあるとはいえない。
そんな平凡な私がいままで事業を続けてこられたのは、
トイレ掃除を通して“誰にでもできることを、誰にもできないくらい、
徹底して続けてきた”という以外に理由は見当たらない」

私もこの相談役のような話をしてみたいわけだが、
徹底しないことには身につかないわけだ!?

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PHP研究所顧問の櫛原吉男さん

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03/20
2023

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学生たちが主役のレストランオープン! 新宿調理師専門学校、上神田流仕事道。

新宿の早朝清掃でも毎月顔を合わす
新宿調理師専門学校の生徒と先生方、そして上神田校長。
その新宿調理師専門学校に、レストランが去年11月にオープンしたそうだ。

先日、そのレストランで“東京 掃除に学ぶ会”の新年会が開催された。
私はこのレストランは初めての訪問だったのだが、
客席から白衣を纏った料理人の方々を見渡せるオープン厨房になっていて
通常のレストランとは雰囲気の違いは一目瞭然。
そして、出される料理も、和食が中心でどれも美味しい。

【学生たちが主役のレストラン、“饌”オープン!!】

この専門学校の1階にあるレストラン「饌(せん)」は、
調理師を目指す学生たちが主役なのだ。
学生たちは実践の場にやりがいを感じつつ、腕を磨いているという。

学校の1階にあった職員室を改装したレストランと聞いているが、
客席と調理場を隔てる壁はなく、広い店内を見渡せる。
実際は実習生の活動の場としてだけでなく、
多くの人たちに和食文化を伝える目的があるという。
提供されるメニューは「季節の料理御膳」だけのようだが…

調理場に立つ学生たちは…
“材料を切りそろえ、どの皿も同じように盛り付ける時に、
普段の実習では味わえないほど神経を使う”という。
また“調理場が見通せるので身だしなみ、姿勢、歩き方にも気を付ける”と。
そして調理に真剣に向き合う学生たちには、見渡せるお客さまの反応が
気になるし、その“美味しい”表情が一番の励みになると話していた。

とにかく学生からすると通常の授業では学べない、
リアリティある学びがたくさんあるということ。
通常の専門学校では発想しないこんな展開を実践してしまうのが
ここの校長の上神田梅雄氏だ。

【上神田校長の料理人としての姿勢が現れたレストラン?!】

私は上神田校長とはすでに長い付き合いなのだが、
掃除に取り組む時も、料理人としても、先生としても常に低姿勢で真剣だ。

校長は1975年にこの学校に入学した生徒だったという。
そして調理師専門学校を卒業してから、師匠に弟子入りし、
16年の修行時代を過ごした。
その後、いくつかの名のあるお店での料理長を経験し、
母校の校長を引き受けることに。
上神田校長は、もともと他人より不器用だという思いと、
他人より劣るという自覚が、少しでも人より優るための努力を
惜しまないでこれたのかもとおっしゃっていた。
ということから“地味な仕事を疎かにしない”という境地に至ったという。
この目の前の小さなことに必死に取り組む姿勢こそが、
今の上神田校長をつくり上げてきたということ。
(まさに鍵山秀三郎相談役が、掃除を通して実践してきた価値観!!)

だから他人を幸せに出来るような“心構え”と“覚悟”をしっかり持った
プロになるための教育に力を入れていく。
そして、調理師という同じ道を目指す、若き「庖友」の活躍を
心から祈っているという。
(さすが上神田校長らしい発想!)

このレストラン“饌”も、学生たちにそんな価値観を直に体験して欲しい
という思いから、展開することに至ったに違いない。
これからもこのリアルのレストランが、多くの気づきと共に
プロの料理人へのさまざまなことを学生たちに学ばせてくれるはず。

ちなみに、その新宿の早朝清掃でも、グレーチング(側溝のどぶ板清掃)や
ゴミ拾いに一番能動的に取り組んでいるのが上神田校長自身。
この姿勢であり、取り組みこそがその人自身を創り上げているのだろう。

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学生たちが主役のレストラン、“饌(せん)”

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和食が中心でどれも美味しい

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03/13
2023

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北の大地からの贈りもの“yukidoke2021”完成!!

2015年に“Memuroワインヴァレー構想”をスタートしてから8年。
パンデミックや諸問題を乗り越えて、遂に“yukidoke2021”として、
十勝の畑から運ばれたぶどうを東京で醸造、1年間樽で熟成し、
最高のワインが完成したのだ。(“ワーイ、ワーイ”という気分)

北海道で十勝ワインを生産する“池田町ブドウ・ブドウ酒研究所”が
供給する苗“山幸”と“清舞”によるワインということもあり、
少し酸味の強い品種ではあるのだが、美味しく仕上がっている。

2021年のぶどうは糖度も高く、生産量も多かったこともあり
期待は大きかった。
私としては北の大地らしい美味しいワインができたと思っているが、
果たしてみなさんはどう評価してくれるだろう?!

この2021年のワインを皮切りに、
今後は継続的にワインが出来上がってくる予定。
福生の石川酒造が醸造及び販売にも協力してくれているのだ。
(石川彌八郎社長ありがとうございました)

【日本のワインも世界レベルに成長!?】

さて日本のワインの歴史についてだが…
実は10年ほど前までは、日本ワインは世界のワインと比べて
物足りないと言われることが多かった。
製造の歴史が浅いことや、
原料となる日本のブドウ品種の扱い方が難しかったことが理由だ。
しかし、この10年で日本のワインは大きな変化を遂げた。

なんと2016年には、ある日本ワインが、イギリスで開かれた
世界最大規模のコンクールでプラチナ賞を受賞したという。
ものづくり大国としての日本人のプライドが、
上品で繊細な味をもったワインを次々と生み出している。

【トラブルによる構想の頓挫が、大きなリスク回避につながった!】

実は2017年度収穫のぶどうで、一度はワインが完成したのだが…
“Memuroワインヴァレー構想”はこのワインづくりをベースに
この十勝芽室の交流人口の増強をテーマに
まちづくりを展開していこうとスタートした。
ところが3年目頃、この構想の目的を棚上げにし、目先を追う心無い農家らの
結託離脱があり、ワインヴァレー構想は残念ながら頓挫。
このMemuroワインヴァレー構想の主導者としては、とても悔しい思いをした。

ところがまさかのパンデミックの到来。
ご存知のように、3年以上も人々の行き来も難しい環境になったわけで、
そのトラブルがなければ大きな投資をしてのプロジェクトになっていた。
結果としてこの離脱問題が、大きな損失の回避につながったわけだ。
まさに“人間万事塞翁が馬”ということ。

先の「人間万事塞翁が馬ism」でもいくつか事例を紹介したが、
何が災いで何が幸運なのかは、しばらく時が経ってみないと分からないが
私たちのビジネスや、人生は思う以上に長い。
災いもあれば幸運も舞い込んでくる。それらをどう捉え前に進むかということ。

先に投資した額を考えると高いワインにはなっているが、
このパンデミックによる損失を考えると、胸を撫でおろしたくなる。
とはいえ、コロナも落ち着いたからもう一度十勝のまちづくりに
チャレンジしたいかというと、もう懲り懲りと言いたい。。。
これも同じ轍を踏まないための転ばぬ先の杖かも?!
やっぱり、人生いろいろあるから面白い!?

日本食にも合う日本ワイン「yukidoke2021」は、
是非石川酒造に問い合わせて、味を確かめて欲しいと思う。
感想お待ちしてます!!

お問い合わせは→ 石川酒造株式会社
https://www.tamajiman.co.jp/product/giftsets.php

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土と太陽のヴィレッジ

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02/27
2023

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鍵山掃除道を発信する“日本を美しくする会”も ついに世代交代へ

【久々に全国から100人を超すイベントに!】
先日のビジ達でも発信させてもらった
“日本を美しくする会”の総会イベントを無事開催できた。
全国からの会場参加者が約60名弱、
オンライン参加は40数名で
総勢100名を超すイベントとなった。
今回は台湾の掃除の会から代表の方が1名、
そしてルーマニアからの留学生も2名参加し、
国際色のあるイベントとなった。

ここ数年はパンデミックの影響で世界との交流の機会はなく、
学校のトイレ等もお借りすることが難しくなりトイレ掃除実習もなく、
“掃除イベントの開催”はほとんどできなかったのだ。
ここに来てようやく復活の兆しが見えてきたようだ。

今回の総会イベントは、
鍵山相談役を父に持つ“鍵山幸一郎氏の父への思い”として
息子としてのこれからの役割や、
山口県“朴の森”に造られた鍵山記念館を
どう活用して欲しいのかの話があった。
今回のテーマは会の“30周年”を機に
“どう次なる世代にバトンを渡すか?!”ということで、
次代に向けてのいくつかのセッションを展開することになった。

【総会第2部のセッションの中でも注目は[Part3]】
セッションのPart3のテーマは
「次代を担う若手掃除人による“鍵山掃除道“の可能性」だった。
活躍している若手掃除人の3人(26歳、33歳、44歳)
に登壇してもらい、若手から見た“日本を美しくする会“の
今後の在り方と可能性について語ってもらうコーナーとなった。

→会のWebサイトもかなり充実してきたが、
どう若い世代にアピールしどう足を運んでもらうのか
→それぞれの地域にやってくる若手“掃除人予備軍”を
どう取り込むのか?
→若手“掃除人予備軍”は、これまでの掃除人や
世話人(経営者が多い) 達と比較すると、
金銭的バックグラウンドが弱い。
従って、これからの世話人達の支援策を!
→これまでの掃除の会の流儀をそのままアプローチしては、
このミレニアル世代、Z世代はついて来てくれないだろう?!

今回のセッションでは私がモデレーターを務めたわけだが、
若手掃除人の声が会場の先輩掃除人の皆さんにも
十分伝わっていることがその表情から見て取れたのだ。
次なる“日本を美しくする会”のためにどう対応するかが
いくらか見えてきたということ。

【“Jリーグ”のようにワールドカップがあれば?!】
ここで同じく今年で30周年を迎える「Jリーグ」
を取り上げてみると…
昨年のFIFAワールドカップでこれまでの
日本サッカーの成長や今後の可能性が読み取れた。
この盛り上がりや成長こそが、
次なるステージを目指すモチベーションとなる。
掃除の会にも“ワールドカップ”が欲しい!
多くの人たちを取り込み、何らかの結果が見える
機会が欲しいわけだが…。
サッカーのようにはいかない「掃除に学ぶ会」を
どう次の世代に繋ぐのか?!
これも若い世代の人たちに任せようかな?!

今年の11月には“日本を美しくする会”の
30周年イベントが待っている!!
さて、どんな企画にすると次代につなげ易いのか!?

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オンライン含めて100名を超す参加者

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“日本を美しくする会”の総会イベント

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02/13
2023

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ドムドムハンバーガーの復活劇と 藤崎 忍社長の異色のキャリア!?

ついに「丸ごと!! カニバーガー」を食べてきました!
そう、あの“ドムドムハンバーガー”の注目のカニバーガーには、
本当に丸ごとカニが挟まれていた。
そしてハンバーガーだけでなく、添えられていたポテトサラダも美味しい。
もうその昔のドムドムハンバーガーショップではなく、
“グルメバーガー店”に変身していたと感じた。

ご存知の方も多いと思うが、ドムドムバーガーは、
日本で最初のハンバーガーショップでもある。
1970年、東京都町田市のダイエー原町田店の前に1号店がオープン。
ダイエーのグループ会社として出店され、
多い時は全国に400店舗以上が展開されていたという。
しかしその後、ダイエーの不振も相まって低迷が続いていた。
そしてどんどんお店は閉店に追いやられていたわけだ。
マクドナルドは知っていても、“ドムドムハンバーガー”を
知らない世代の人たちも沢山いることだろう…。

ところが…直近の決算を見てみると、
2021年3月期に黒字化を達成し、2022年3月期も続けて黒字を計上。
素晴らしい! ドムドムハンバーガーはついに絶不調期を脱して、
成長期に入ったってことなのだろうか!?

今回、ビジ達にドムドムハンバーガーのことを書かせてもらった理由は、
先日のNBCイベントにパネラーとして登壇し、経営者として
歯切れのいい話を展開してくれていたのがドムドムの藤崎 忍社長。
そしてこの藤崎社長こそが、黒字化の立役者だったのだ。

とにかくそのキャリアは異色だ。
39歳、専業主婦からキャリアをスタートさせたという藤崎 忍さん。
初めての就職先だったのは、SHIBUYA109のアパレルショップだそう。
アパレル店員というのにも驚きだが、そこで売上を2倍にした実績を作り、
次に居酒屋でのアルバイトを経て、居酒屋のオーナーに。
ご縁が繋がり、当時のドムドムバーガーの親会社の役員から声がかかり
ドムドムハンバーガーの社長に抜擢されたという…。

実際に社長に就任後、どんな施策をしてきたのかというと、

1)「丸ごと!! カニバーガー」を代表とする個性的なメニューを開発
→ハンバーガーフリークの心を掴む
2)従業員を守るためにマスクを自社で製作
→独自マスコット“どむぞうくん”のマークが入ったマスクのECサイトで販売
→このECサイト開設が結果的にEC事業の足がかりとなる
3) “浅草花やしき”への出店
→社会的な意味や顧客体験価値を重要視
4)ドムドムハンバーガーの秘蔵レシピをYouTubeで公開
→SNS活用で認知度向上
5) 2021年3月に千葉県にある「市原ぞうの国」にも出店
etc.

まさに藤崎 忍流のマーケティング手腕であり経営手法が
結果としてこの復活劇になっているということだろう。
先日のNBCイベントでも、その屈託の無い意見や話し方の中にも
ビジネスへの情熱が見て取れたのだ。

この藤崎 忍社長のこの異色のキャリアを聞いたときに
森信三先生のある言葉を思い出した。
「人間は一生のうちに、逢うべき人には必ず逢える。
しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。
縁は求めざるには生ぜず。
内に求める心なくんば、たとえその人間の面前にありとも、
ついに縁は生ずるに到らずと知るべし」

この異色と言われる経歴も、藤崎さんのその人間性と情熱が
様々な出会いをもたらし、これらの必然を創り出しているということなのだろう。
今後にも、期待だね!

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定番からユニークなものまでハンバーガーも様々

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独自マスコットは「どむぞうくん」

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