03/09
2026
なぜドンキに“剥けるバナナパン”が必要だったのか?
ある会社の“ボディビルイベント”への飛び入り参加オファーが…
そこで、程よい覆面を探して“ドンキ”に向かうことに。
(誰か判らないようにして、そのボディを披露しようと…)
そして、程よい覆面に出会うことができたのだ。
そう“ドン・キホーテ”といえば“魔境”。
迷路のような店内に、見たこともない珍品や
怪しげなパーティグッズが所狭しと並ぶ。
そこには、“何があるかわからない”という高揚感と、
“これを買ったら面白いかも”という宝探しのような体験があった。
この独自性こそが、若者を熱狂させ、
小売業界の異端児としての地位に押し上げた原動力だった。
当時、私の世代の生活者からすると、
なぜ若者に支持されるのか理解できなかったわけだ。
→創業者が1978年に東京で始めたお店は、
狭いお店だったこともあり“圧縮陳列”で注目されていた。
しかし、企業規模が拡大し、食品スーパーとしての
機能を強めるにつれ、売り場には誰もが知るナショナルブランドや
安くて無難な商品が増えていった。
それは売上の安定には寄与するが、
同時に“どこにでもある店”への同質化を招くことに。
→うんうん、いわゆる“優等生化”である。
【そこで投入された“剥けるバナナパン”!】
多くの企業が成長の過程で陥るこの罠に、
ドンキ自身が強い危機感を抱き、
自ら“待った”をかけた点が非常に興味深い。
彼らにとっての存在理由、すなわちレーゾンデートルは、
“便利さ”ではなく“驚き”にあったからだ。
そこである部署から投入されたのが、まるで本物のバナナのように
皮(生地)を剥いて食べられる“バナナパン”。
この事例の注目に値するところは、
本部主導の論理的なマーケティングではなく、
個人のSNSリサーチと直感(目利き)が出発点だったこと。
“映える”“体験が面白い”という感覚的な価値を信じ、
物流コストの壁を突破し、試せる価格”に着地させた。
これは、巨大組織が失いがちな“個の裁量”と“スピード感”を
意図的に復活させた好例といえる。
“バナナパン”の皮を剥くという一見無意味な遊び心こそが、
合理性や効率性を追求する優等生的な商品開発からは
決して生まれない“感情のスパイス”となる。
TikTokをはじめとするSNSでの多くの拡散は、
まさに生活者が“ドンキ”に求めていたものが、
整然と並ぶ棚の隙間にある“ワクワク感”であったことを
雄弁に物語っている。
【“魔境”への回帰?!が、未来を拓く!】
私が先日訪れた“ドンキ”の1階は、その当時とは違い
弁当やお惣菜含め多くの食料品がずら〜と並んでいたのだ。
食品を扱い、幅広い客層を受け入れることは、
企業の成長にとって不可欠な選択であったのだろう。
しかし、それによって本来の強みである
“毒気”や“尖り”まで失っては元も子もない。
今回の“バナナパン”の成功は、効率化された売り場の中に、
意図的に“非効率な面白さ”を混ぜ込むことの重要性を
再確認させてくれたのだ。
ドンキが再び目指すのは、優等生的な
スーパーマーケットではないはず?!
便利な日用品の横に、思わず笑ってしまうような
謎の商品が並んでいるあの驚きの空間。
“ドンキ”は今後も若者を引きつけ、
独自のポジションを走り続けて欲しい!
さて、私たちも、今に生きるのは重要だが、
忘れてはいけない“レーゾンデートル”を改めて押さえておきたい。
















