これからの選ばれるビジネス!

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はなまるア・ラ・カルト

09/12
2022

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“縁は求めざるには生ぜず”森信三哲学に学ぶ

「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。
しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。
縁は求めざるには生ぜず。
内に求める心なくんば、たとえその人の面前にありとも、
ついに縁は生ずるに到らずと知るべし。」
この言葉は教育者であり哲学家の森信三先生の言葉である。

先にご紹介した“実践人の家”研修会は、この森信三先生の教学に則り、
共に学び、実践し、自己の生き方を確かめつつ、いささか社会に貢献し、
一隅を照らす使命の実現に努めようとする人たちの研修会だという。

国民教育の師父として慕われていた森信三先生だが、
“人を教育する秘訣はなんですか”と尋ねられると、
「どんな素晴らしい教えでも、相手が心を開かなければ伝わらない。
それは、伏せたコップの上から水を注いでいるのと同じである。
まずコップを上に向けさせることが大切だ」と答えていたそうだ。

もちろん、学校教育だけでなく、ビジネスにおける研修教育でも同じである。
実は掃除道の鍵山秀三郎相談役からも、
森信三先生の名前は度々聞いていた。
鍵山相談役の講演会でも、森先生の言葉を引用して
解説することも多かった記憶がある…
冒頭の言葉を最初に聞いたのは、もしかしたら相談役からだったかもしれない。

“逢うべき人には必ず逢える”とは
もしかしたら、残念な出会いも、ラッキーな出会いも
それは必然であり、意味ある出会いということなのか。

そして“縁は求めざるには生ぜず”という言葉。
何か目的や目標を持って自ら行動することが出会いにつながるわけだ。

実際に私も、中小企業の未来をより明るく意味あるものにと
中小企業の経営者集めて勉強会を開いたことが多くの経営者との出会いとなり、
その集まりの学びの講師としてアプローチしたことが
注目の文化人や著名人との出会いにつながったわけだ。
まさに“縁は求めざるには生ぜず”である。

→今も経営者のための勉強会であり“三尺三寸箸会議”を開催…約20年
→経営者のための月刊CD講座や動画番組…約20年
→企業のリーダーを育むリーダーズセミナー…15年強
→そして、先月スタートした“2030 Business LABO”
これはこれからの未来のビジネスの研究所である。

しっかりとしたパーパスを持って、
多くの人たちとの縁をつくろうとしないと出会いには繋がらないわけだ。

さて…新たな時代への可能性を感じ、これからスタートしようとしている
“ビジ達”主催の「女性社会起業家アカデミー」。
これは“起業”というテーマに出会ってこなかった人たちにアプローチして
“起業”と“起業を起点とする出会い”の場を演出したいのだ。

私の経験からも、多くの先達の事例からもこの森信三先生の
“縁は求めざるには生ぜず”を繰り返して発信していきたい。

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教育者であり哲学家の森信三先生

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選ばれる仕事道

09/05
2022

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100歳のインパクト! 時代の文化と価値観の醸成について

先日“実践人の家”の東京研修会に参加させていただき、
普段はなかなか聞けない方々の講演を聴かせていただいた。
初めて臨済宗円覚寺派管長、横田南嶺先生のお話も
直接聴かせていただいた。
(“実践人の家”については別の機会に紹介する)

さて、今回の「選ばれる仕事道」のテーマは
100歳の鮫島純子(さめじますみこ)女史の
お話をこの“実践人の家”にて聞き思ったことだ。
鮫島純子女史は、渋沢栄一氏の孫にあたる方。
1922年生まれでちょうど100歳。
この100年間の自分の体験や生き様、祖父である渋沢栄一氏とのことを
矍鑠と80分間立ったまま明確なお話をしてくれた。

渋沢栄一氏といえば、“日本資本主義経済の父”とも称され、
「論語と算盤」の価値観にて、「経済は重要だが、
ただ己の利益を追求することのみを目的にしてはならず、
そこには道徳的観点が必要だ」と強く主張している。
その少し前に活躍した二宮尊徳氏の「道徳を忘れた経済は
罪悪である。しかし、経済を無視した道徳は寝言でしかない」に通じる。
時代は移っても良識ある日本人が着地する価値観は一緒ということだろう。

今回伝えたい話は、鮫島女史の話を聞き思いを巡らした
「時代の文化と価値観の醸成」についてだ。
鮫島純子女史は祖父である渋沢栄一氏と住まいは別だったが、
祖父に頭をなでてもらい、榮太郎の飴をもらったりした。
父親は栄一氏の三男の渋沢正雄氏。栄一氏の多くの事業を受けつぎ
実業家として活躍し、常に仕事と対峙する実直な父だったという。
鮫島女史はこのような環境で育ち学んだ。

渋沢栄一氏の精神を受け継ぎ、少女時代の質素倹約の暮らし方を
結婚後も実践。洋裁を習い、夫の私服や子供達や自分の着る物を
ほとんど手作りしたり、物を大事に長く使う工夫など、
生き方や生活全般に知恵が溢れている。

人はどの時代を生き、どんな文化を体験してきたかが、
その人の価値観に大きく影響する。
鮫島女史が、私たちの知らない1922年からの100年を
過ごしてきたことが鮫島女史の“仕事道”だ。

(後半は私も体験しているわけだが・・・)
この100年の間に鮫島女史が体験してきたことをあげると…、
“大正デモクラシー”、“大正ロマン”など多くの言葉
が生まれた大正時代の1922年生まれ
・大正から昭和にかけての戦争
・太平洋戦争そして敗戦
・戦後の厳しい社会環境からの復活
・1964年の東京オリンピック
・日本の経済の高度成長
・バブル経済崩壊
・TOKYO2020(2021年オリンピック)

鮫島女史の価値観形成には、祖父、渋沢栄一氏との交流、
仕事に実直に取り組む父親からの薫陶。
もちろんDNAによるパーソナリティが
寄与することもあるだろう。
このように育った環境と、時代の出来事がからみあい、
次なる時代の価値観が醸成されていくということ。

私が「時代の文化と価値観の醸成」に注力するのは、
今、ミレニアル世代やZ世代が
次の時代の社会やビジネスを創造しようとしているからだ。
彼らの“問題を発見し、意味を創出する”価値観は、
私の世代と大きく違う。これからはこの価値観が
次の時代を牽引すると思っている。

今回は鮫島女史の仕事道からの
「時代の文化と価値観の醸成」のお話でした。

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渋沢栄一氏の孫、鮫島純子女史

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09/05
2022

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浅草は“不易流行のまち”!

ついに浅草演芸ホール体験!
QBオフィスが浅草に引越したこともあり、
浅草を知るために、日本の演芸のメッカ、
六区にある演芸場の老舗“浅草演芸ホール”を初体験。

私が訪問したのは昼の部の13:00~16:30の約3時間半。
内容によっては途中で退出も考えていたが、思った以上に面白く、
昼の部のフィナーレ“大喜利コーナー”まで観てしまった。

◆途中からの入場だったのだが14(各約15分)もの出し物を体験

1、コント/“コント山口君と竹田君”から始まり
2、落語/古今亭 今輔
3、落語/三遊亭 遊之介
4、モノマネトーク/松村 邦洋
5、落語/桂 小南
6、落語/瀧川 鯉昇
7、お楽しみ/山田 邦子
8、落語/桂 歌春
9、落語/三遊亭 吉馬
10、落語/春風亭 昇也
11、落語/雷門 小助六
12、漫才/宮田 陽・昇
13、落語/桂 竹丸
14、大喜利/落語家7人による

落語だと真打ちの人もいたし、落語以外の出演者も含め
思った以上のメジャーでベテランの芸人が登場していたのだ。
土曜日ということもありほぼ満席の状態で、
笑いも多く、私も楽しい時間を過ごすことができた。
(よかったよかった。ウケるとリピート客も多くなるし…)

この浅草演芸ホールはフランス座も含めると、
渥美清、由利徹、東八郎、コント55号、
ビートたけしなど、多くの芸人を輩出している。
あの“浅草キッド”もここが舞台だ。

ということで、お笑い含め日本の文化があちこちに感じられるまち。
そう、浅草は浅草寺を中心に日本の文化を体験できる 『不易流行のまち』なのだ。

新宿や渋谷など全てが入れ替わる流行中心のまちとは大きく違う。

すなわち“時代をこえて変わらない価値あるもの (不易)”と
“時代の変化とともに変わっていく必要があるもの(流行)”との
両方があり、それらがしっかり体感できるまちということ。
(松尾芭蕉という人は今でいえば哲学家でもあったのだろう)

仕事柄、ついビジネスの変化であり新いビジネスに
スポットを当てることが多いが、世の中には
変わっていいものと変わってはいけないものがある。
すなわち、私たちのビジネスも“不易流行”なのだ。
(これを間違うと流れに押し流されてしまうことも!?)

このところは“流行”にスポットを当て
“2030年すべてが加速する時代”と言ってはいるが、
私たちはこの日本人の価値観と仕事をする意味、
そして自社のパーパスは“不易”と捉え変えてはいけないということ。
今思えば、拙著『儲けないがいい』はまさに“不易流行”がテーマでもあった。

クオーターバックの新社屋がこの浅草周辺にきたのをきっかけに
この浅草ならではの歴史や文化に、次なるアート思考であり
感性思考をプラスして、もっと魅力ある浅草としたいものだ。

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ベテラン芸人も多く充実した演目

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ほぼ満席の状態の昼の部

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