01/19
2026
次世代リーダーに求められるのは… 山口 周氏の“美意識”と鍵山相談役の“凡事徹底”。
山口周氏の著書
『世界のエリートはなぜ“美意識”を鍛えるのか?』と、
鍵山秀三郎相談役が提唱した「凡事徹底」と「掃除の哲学」。
一見すると、最先端の経営理論と、
泥臭い精神修養のように見える両者だが、その根底には
驚くほど共通した“人間としての在り方”への問いかけがある。
→“ビジ達流”の解釈ではあるが…的を射ていると!
今回は、この二つの思想を掛け合わせ、
これからの時代に求められるリーダーシップと
心のあり方について考えてみたい。
【“論理の限界”と“情の退化”が招く危機】
山口氏は著書の中で、論理やサイエンスだけでは、
誰もが同じ結論に至る“コモディティ化した正解”にしか
辿り着けず、差別化が不可能になると指摘。
また、データや法律さえ遵守していれば良いという判断基準では、
粉飾や隠蔽といった倫理的な過ちすら防ぎきれない。
現代社会のこうした脆さを
「美意識(アート思考)の欠如」として説いている。
一方、鍵山相談役は「人間力」についてこう語っている。
「“情”とは周囲の人に気を配り思いやる心です。
“智”の不足は“情”で補えますが、
“情”の不足は“智”では補うことができない」と。
現代社会は、効率化や数値化(=智・サイエンス)を
追い求めるあまり、目に見えない情緒や
思いやり(=情・アート)を切り捨ててきたのではないか。
山口氏が危惧する“論理偏重の弊害”と、
鍵山氏が憂う“情の退化”は、まさに同質の問題を指している。
数値では測れない“意味”や“温かみ”を失った社会は、
どこか冷たくギクシャクし、
居心地のいい社会と言えないものになってしまうだろう。
【掃除がもたらす「真・善・美」の感性?!】
では、私たちはどのようにして
その“美意識”や“情”を取り戻せばよいのか。
その具体的な実践法こそが、
鍵山相談役の説く“徹底した掃除”ではないだろうか。
これは単に汚れを落とすだけの作業ではない。
誰もがやりたがらない場所を、心を込めて磨き上げる。
その行為は、理屈や損得勘定(サイエンス)を超えた世界にある。
徹底して環境を整えるプロセスの中で、
私たちは“微細な変化に気づく感性”や
“次に使う誰かへの配慮”を養っていく。
これこそが、山口氏の言う「真・善・美」を直感的に判断する
トレーニングそのものではないだろうか。
汚れたものを本来の美しい状態に戻す行為は“美”の追求であり、
見返りを求めず誰かのために行う行為は“善”の実践。
そして、目の前の現実に手で触れて向き合うことは
“真”を知ることにつながる。
掃除という“凡事徹底”は、実は最高のアート教育であり、
内なる倫理観を磨く行為なのでは?!
(掃除の会の関係者だからこその価値観であり表現かも?!)
【“智”を支える“情”あるリーダーへ】
不確実なVUCAの時代、正解のない局面で決断を下すのは、
最終的にはリーダーの人間力。
山口氏はそれを“美意識”と呼び、鍵山氏は“情”と呼んだ。
呼び名は違えど、二人が見ていたポイントは同じなのでは?!
“智”や“サイエンス”はもちろん重要だ。
しかし、それらが真に活きるのは、
ベースに確固たる“美意識”や“情”があってこそ。
知識や利益よりも、“人間として何が正しいか”
“何が美しいか”という意味あることを
優先できるリーダーこそが、これからの組織には不可欠なのだ。












