これからの選ばれるビジネス!

これからの選ばれるビジネス!中島セイジのビジネスの達人

HOME

ビジネスの達人

はなまるア・ラ・カルト

02/16
2026

ara_0216_1
NEW

「見えるものを磨けば、心も磨かれる」 松下政経塾による“掃除”というリーダー教育

先日の“日本を美しくする会”総会では、
“松下政経塾”元常務理事の上甲 晃(じょうこうあきら)氏が
ゲスト講師として話をしてくれた。

ー「世界に冠たる指導者になるには、誰よりも朝早く起きて、
目の前の掃除をすること」というのが、
松下幸之助氏の言葉だったんですよ。

どんな特別なことを教えてもらえるのかと思ったら、
早起きして掃除してくれと!
彼らが「はい、わかりました。明日から頑張ります」と言ったら、
僕は鍵山秀三郎相談役に出会うこともなかったし、
この“掃除に学ぶ会”でこうして話をすることもなかったんです。

残念ながら、塾のみなさん、やらないんですよ。
偏差値の高い人ほど…
“そんな雑用してる場合じゃない”って言うんですよー
(→84歳とは思えない溌剌とした話だった)

これが上甲氏の冒頭の話。
この2月の衆議院選挙では、“ゼロ打ち”当確の高市総理も含め
松下政経塾出身の候補者がなんと40名もいたという。

彼らが学ぶ政経塾において、
なぜ“掃除”がこれほど重視されるのか。
そこには、当時副塾長であった上甲晃氏が
長い試行錯誤の末に辿り着いた、ある確信があった。

上甲氏は経営の本質を
【1】将来像の提示
【2】実現段取りの明示
【3】具体的実行開始
の三要件にあると説く。

これは国家経営も人生経営も同様。
しかし、どれほど立派なビジョンを描いても、
それを実行する人間に“心”が伴っていなければ、
絵に描いた餅になってしまう。

政経塾では当初、語学や政策論などのエリート教育が期待されたが、
松下幸之助塾長が求めたのは
「早起きして掃除をする」という“凡事徹底”だったのだ。


【松下政経塾が辿り着いた、“掃除”というリーダー教育】

しかし、人を育てるのは容易ではない。
上甲氏は当初、塾生たちに掃除をさせるため、自ら率先垂範を実行。
ところが、“俺がやっているんだからお前たちもやれ”
という下心が見える行動は、
かえって塾生たちの心を冷めさせてしまったという。

管理や理屈でカタチだけ整えても、内発的な動機づけには至らない。
“やらせる”教育の限界だった。

そんな模索するタイミングで出会えたのが、
イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏。
上甲氏は鍵山氏を講師に招くことを決断。
一代で優良企業を築き上げた経営者の言葉には、
圧倒的な説得力があったという。

「見えるものを磨けば、見えない心も磨かれる」。
この鍵山氏の実践哲学に触れ、
エリート意識を持っていた塾生たちは、
初めて掃除の真意を理解していった。

それは単なる美化活動ではなく、傲慢になりがちな心を整え、
指導者に不可欠な“情や愛嬌”そして“運の強さ”といった
非定量的な魅力を育む修行そのものだったという。

↓ ↓ ↓

政経塾出身の政治家たちが、地盤や看板、
そして金に頼らずとも道を切り拓いていけるのは、
この“掃除”という原点を通じ、
理屈ではない“人間の機微”を学んだからなのだろう。

凡事を徹底して磨き上げた心こそが、
混迷する時代を導くリーダーの羅針盤となるという。

結果として、政経塾出身の塾生が何人当選したか分からないが…
とにかく、この混迷するVUCA時代の
リーダーとなってくれることを期待する。

ara_0216_2

“日本を美しくする会”総会の様子

ページTOPへ
シナジースペシャル

02/16
2026

syn_0216_1
NEW

“学び”こそ人生最高の贅沢な遊び。 “役に立つ”を超えた先へ!

あるテレビの番組でのこと…
シンガーソングライターの小椋佳氏(82歳)が、
「人間の1番贅沢な遊びは、“学び”である」と語り、
自身もピアノやフランス語の習得に励んでいるという。

この言葉に触れ、
「自分にとっても“学び”こそが最大の悦びかもしれない」
と共感を覚える人も少なくないだろう。

実は、24年目を迎えたこの“ビジネスの達人”を
あれこれ考えを巡らし探索し、そしてまとめ発信するのも、
仕事であり、“学び”であり、遊びかもと
思っていたところだったのだ。

大人になってからの“学び”は、
若い頃のそれとは決定的に異なる。
点数のためでも、昇進のためでもない。

ただ純粋に“知りたい”“できるようになりたい”
という好奇心を燃料とする“学び”は、
人生を彩る最高の贅沢なのかもしれない。


【終わりのない多くの知の探求者たちが…】

歴史を振り返れば、
晩年になっても新しい世界の扉を開こうとした偉人は
枚挙にいとまがない。

例えば、江戸時代の測量家・伊能忠敬。
香取市佐原を訪れたとき、忠敬が婿入りしたという
伊能家の保存家屋を見学した記憶がある。

すなわち、彼が本格的に天文学や測量術を学び始めたのは、
隠居後の50歳を過ぎてからということ。
“50の手習い”どころか、そこから日本全土を歩き回り、
正確無比な日本地図を完成させた情熱は、
学びこそが生きる活力であったことを証明している。

また、画家の葛飾北斎もそうだ。
「富嶽三十六景」で知られる彼は、
90歳で亡くなる直前まで画業の向上を願い、
「天があと5年の命をくれたら、本物の画工になれたものを」
と言い残したとされる。
→“すみだ北斎美術館”には、北斎の引越し魔ぶりも語られていた。

彼らにとって、老いや引退は“学び”の終わりではなく、
むしろ制約から解放され、
より深く没頭できる“学びと遊びの時間”の
始まりだったのではないだろうか。


【役に立つを超えたところから“遊びとしての学び”が…】

豊かである現代社会では、“学び”といえばすぐに
“スキルの習得”や“資格取得”といった
実利的な側面が強調されがちだ。

もちろんそれも重要だが、小椋氏の言う
“贅沢な遊びとしての学び”は、
役に立つかどうかを超越したところにある。

古代ローマの哲学者セネカは、
代表作『人生の短さについて』で、時間は寿命の長さではなく
“いかに有意義に過ごしたか”で決まると説き、
哲学することこそが、時間を最も有益に使い、
人生を長くする方法だと。

これらは即座に金銭を生むわけではないが、魂を揺さぶり
日常の風景を一変させる力を持っているとも。
→うんうん“ビジ達”のために、未来のビジネスについて
あれこれ巡らすことは、私の人生にとっても意味あること…

↓ ↓ ↓

「人間の1番贅沢な遊びは“学び”である」。
この言葉の真意は…
“学び”とは未知の自分に出会う旅そのものだということだろう。
昨日の自分には理解できなかったことが、今日の自分にはわかる。

その静かな、しかし確かな成長の喜びは、何物にも代えがたい。
私も古稀を過ぎ、ここからが人生をより豊かにするための
“学び”のときなのかも?!

syn_0216_2

千葉県香取市佐原にある伊能忠敬像

ページTOPへ

BACKNUMBER

ページTOPへ