05/01
2017
里山と共に生きることは、“予定調和”!
「さぁ畑を丹精するぞと思って腕まくりをしていても、
週末に限って大雨で世話ができないときもあるし、
こだわりの野菜でこだわりの料理をつくり、
こだわりの食器で食べたくても、草刈りが忙しくてヒマがなく、
干物とごはんで済ませるときもある。
そんなときにいちいち“わたしの考え通りの生活にならない”と落ち込んでいては、
夕日の美しさが目に入ってこなくなります」
と語るのは、東京の都会の暮らしと南房総市での
里山暮らしの両方を並行して体験している馬場未織氏。
うれしい話だねぇ~。
おっしゃる通り!里山での自然相手の暮らしは、
私たち人間の都合に合わせてくれないが、
そこにはたくさんのめぐみも与えてくれる。
私たちが自然の一部であることを度々教えてくれているのだ。
(毎年のように起こる自然災害も…)
私が「里山と生きる協会」設立に行き着いた理由がここにある。
人はやっぱり、出どころもこの地球の自然の中からだし、
都会に暮らしていたとしても生活のベースの基本は自然の中なのだ。
人が里山で畑を耕す行為も、
田んぼで稲をつくることも“予定調和(?)”ということ。
この里山との関係を継続することが、
日本としての自然の美しさを含めた“めぐみ”を受け続けられる理由となるのだ。
また、馬場氏は南房総市で里山暮らしを体験していると、
いつの間にか“大地と関わりたい”と思い、
生きものとして暮らすライフスタイルは、
生い立ちの中で漠然と欲してきたものではという思いに至るのだと。
そして、一番自分を駆り立てる
気持ちの根底には“この美しい風景を損ないたくない”
という思いからなのでは…というところに至ったという。
これぞ「里山と生きる協会」応援者となるべき人の言葉。
(まだ、連絡してないんだけど…誰かつないでください!)
また、この馬場さんの『週末は田舎暮らし』の中には、
東京から長野に移住したジャーナリストのこんな話も…。
「田舎で自然相手の生活をしていると、
自分以外のものに対してセンサーを働かせて関係をつくりながら過ごすことが多い。
そして何があろうとも自然にはいちゃもんがつけられない。
自分が自然に対して折り合いをつけていくほかない。
そのような自然相手の生活を失ったことが、
都市社会のクレーム体質になっているのではないか」と。
うんうん、理解できる。
てことは、都会の人たちが里山と深いつながりを持つことで、
あのエスカレートするクレーム体質もどうにかなるのかもしれないのだ。
もちろん、時間はかかるんだろうけどねぇ~。
日本人として、この美しい日本で暮らしていくには、
里山を守り、里山と共に暮らして行くことが大切ということなのだ。
そこで、私たちができることから里山を応援しよう!
7月6日の里山と生きる協会発足記念フォーラムに是非、参加を!