10/27
2014
「一流」に見る劣等感
“もともと手先が器用な方ではなく、劣等感の塊でした。
しかし、その自分は不器用だという思いと、
他人より劣るという自覚が、
僅かながら他人より努力を継続させる
糧になっていたのかもしれません。”
こう語ってくれたのは、
新宿調理師専門学校の校長、
上神田梅雄(かみかんだ うめお)氏。
鍵山相談役を交えた
「掃除の会」メンバー6、7人で
学校を訪問したときのことだ。
実はこの学校の先生方・生徒たちは、
月一回の朝の掃除に参加してくれているのだ。
もちろん、校長の上神田氏もだ。
今週の訪問の目的は、上神田氏自らが
腕を振るって作ってくださった料理を
味わうという食事会だった。
素晴らしく美味しい料理に
舌鼓を打ちながら聞くこの言葉
(何しろ、数々の名のある料理店の
総料理長を務められた方だ!)。
普通、料理人といえば手先が器用なイメージがある。
しかし、上神田氏は“不器用”という自覚をもっていらした。
そう、この“劣等感”に注目していただきたい。
上神田氏はその劣等感から、
生まれつき器用な人をも凌ぐ努力をしたからこそ、
今日の活躍があるのだろう。
また、劣等感によって料理の腕前だけではなく、
周囲への気遣いをも育まれたようだ。
卒業した学校に校長として
就任するという抜擢に、料理の腕だけではなく、
こうした上神田氏のお人柄も
大いに影響しているに違いない。
つまり、劣等感は大きな努力を作り、
その努力は人間性を育み、
シナジーをも呼び込み、
やり甲斐ある人生を作ってくれるということ。
そういえば、このとき一緒に食事をいただいた
鍵山相談役も、若い時は劣等感の塊だったとおっしゃっていた。
だから、特別なことはできないかわりに、
誰でもができる掃除に着目し、
やり続けたという。
その徹底と継続の結果が、
全国127ヶ所の掃除の会発足につながったのだ。
一流の人は、この“劣等感”から
その努力が始まっている人が多いのかもしれない。
劣等感こそ一流への原動力なのかも…。
そう言えば、私もたくさんの劣等感を抱えていた。
だから人並み以上に隠れて努力した記憶も。
いや、今もその劣等感が
コツコツと努力を継続させてくれているのかもしれない。
この“ビジ達”ももうすぐ600回(12年目!)を迎える。
果たして、一流となる日はいつ来るのだろう…?