これからの選ばれるビジネス!

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選ばれるビジネス

03/02
2026

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“ほぼカニ”のカニカマ、米国市場で快進撃!!

「かにつめ風蒲鉾」
「ほぼカニ(※カニではありません)」
「かに風味かまぼこ」

最初、売り場で“ほぼカニ”を見た時は笑ってしまった。
そして“ほぼカニ”には、登録商標のRマークも付いていたのだ。

サラダの彩りに欠かせない赤いアクセント“カニカマ”。
そしてこれら“カニカマ”は、結構美味しいのだ。
私の毎日つくるサラダにも、
このカニ風の蒲鉾がおおよそ入っている。

もはや本物のカニの代用品という地位を超え、
一つの独立した美味しい食材として
確立されていると言っても過言ではないだろう。

そのカニカマが今、太平洋を越えて米国で熱い視線を浴びている。
練り製品大手のスギヨ(石川県七尾市)が、
米国工場の生産能力を倍増させるというニュース(記事)が
飛び込んできた。

数億円規模を投じ、2026年中の稼働を目指すという本気の攻勢だ。
私たちにとって身近な“あの味”が、
米国人の胃袋をも鷲掴みにしている事実は、
驚きとともに誇らしさを感じさせる。


【カリフォルニアロールだけじゃない】

米国における“カニカマ”の普及といえば、
まず思い浮かぶのが“カリフォルニアロール”だろう。

生魚を食べる習慣のなかった欧米人に対し、
アボカドとともにカニカマを巻くことで
寿司文化を浸透させた功績は大きい。

しかし、今回の増産計画の背景にあるのは、
もっと日常的な食卓への浸透だ。
記事によれば、米国ではサラダなど幅広い料理に使われており、
売り上げは毎年右肩上がりだという。

ヘルシー志向の高まりとともに、魚肉タンパク質を
手軽に摂取できる食材として再評価されているのだ。

かつては“Imitation Crab(模造カニ)”と呼ばれ、
あくまで代用品の扱いだったものが、
今や“Surimi Seafood”として一つのジャンルを築きつつある。

現地の生活者が、私たちと同じように
“あーこれを入れると美味しいな”と
感じながら食べている光景を想像すると、
なんだか嬉しくなってくる。


【“カニよりカニらしい”技術の粋】

スギヨをはじめとする日本のメーカーは、
単に色や形を似せるだけでなく、繊維のほぐれ方、
噛んだ瞬間の弾力、そして口に広がる風味に至るまで、
徹底的に“カニらしさ”を追求してきたという。

それは最新鋭の分析機器と、職人的な味覚の合わせ技によって
生み出された芸術品。

杉野社長が語る「最新設備の導入で効率化しつつ高品質を維持する」
という姿勢からは、伝統的な練り製品の技術を、
現代のエンジニアリングで昇華させようとする気概が感じられる。

この繊細な味と食感の設計こそ、
日本人だからこそ作り得たものであり、
模倣の難しいコア・コンピタンスなのだ。


【世界標準語になる日も近い?!】

今回のスギヨの生産倍増計画は、
単なる企業の海外展開という枠を超え、
日本の食文化の勝利を語ってくれている。

安価な代用品からスタートし、品質を磨き上げることで
本物を凌駕するほどの価値を生み出す。
これは日本のモノづくりが得意としてきた
“カイゼン”の精神そのものだ。

米国での成功は、中国や欧州など他地域への
さらなる飛躍の足がかりとなるだろう。
スギヨの挑戦は、石川県の地方都市から世界へ打って出る
グローバルな物語でもある。

「Kanikama」という言葉が、世界中の辞書に載る日も、
そう遠くはないのかもしれない。

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「Kanikama」が世界標準語に?!

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選ばれる仕事道

02/24
2026

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「是処即是道場(このところすなわちこれ道場)」 “道元禅師”が愛した言葉だという。

「是処即是道場」…今いる、この場所こそが修行の場。
毎年のリーダーズセミナーでは、
恒例行事として臨済宗建長寺派の林香寺にお邪魔している。
そこで、住職であり精神科医でもある川野泰周先生に、
坐禅体験とマインドフルネスの講義をお願いするのが習わし。
川野先生は慶應義塾大学医学部を卒業後、
精神科医としてのキャリアを積みながら、建長寺専門道場での
厳しい修行を経て禅僧となられた稀有な経歴の持ち主。

この体験はリーダーズ参加者にも非常に好評で、
中にはこれがきっかけで坐蒲(ざふ)を購入し、
坐禅を日常に取り入れているメンバーもいるという。
先日、いつも手にする雑誌に、その“日常と修行”に通じる
道元禅師の逸話が掲載されていた。
川野先生は臨済宗、道元は曹洞宗の開祖と宗派こそ違うが、
そこに流れる本質は一緒と言っていいだろう。

【道元、老典座(ろうてんぞ)との出会い!】

道元は名門の出でありながら、
幼くして両親を亡くしたことが転機となり、
十四歳で比叡山にて出家した。
しかし、十五歳の時に触れた
「本来本法性 天然自性身(人は皆本来、仏性を持っている)」
という言葉に対し、
「それならば、なぜ我々は厳しい修行をしなければならないのか」
という根本的な疑問を抱くこととなる。

国内で十年禅を学んでもその答えは見つからず、
ついに二十四歳で海を渡り、宋(中国)へと入った。
そこで道元は、一人の老典座(ろうてんぞ・料理番)に出会う。
当時の道元は、坐禅や古い語録の研究こそが修行であり、
料理や掃除は雑用だと考えていた。
しかし、老典座は諭した。
「料理や掃除も皆修行であり、いつどこでも修行の場なのだ」と。
これは道元にとって痛烈な“警策(きょうさく)”となり、
大きな覚醒をもたらしたのだ。

その後、生涯の師となる天童如浄(にょじょう)禅師と出会い、
ついに長年の疑問が氷解する瞬間が訪れる。
ある朝の坐禅中、居眠りをする僧を如浄が一喝した。
「坐禅の目的は“身心脱落”にある」。
この言葉を聞いた瞬間、道元は大悟徹底(悟り)した。
「仏性を持っていても、修行しなければ現れてこない。
体認しなければ得ることはできない」。
後年、『弁道話』の中でこの時の喝破について記されているという。

【この日常こそが、修行の場⇒凡事徹底!】

「“是処即是道場”今いる、この場所こそが修行の場」
この行に触れた時、この“ビジ達”で度々取り上げている
鍵山秀三郎相談役の「凡事徹底」と、
驚くほど重なるものを感じたのだ。

鍵山相談役は、トイレ掃除をはじめとする毎日の掃除を、
ただ漫然と行うのではなく、自分なりのルールを作り、
徹底して行うことを説いている。
場合によっては、そのルールを進化させ、
より深く、より丁寧に向き合っていく。
これこそまさに、道元が老典座から学んだ
「雑用などない、すべてが修行である」という境地ではないだろうか。

特別な場所へ行き、特別なことをするだけが修行ではない。
日々の仕事、家庭での役割、あるいは毎朝の掃除といった
日々のルーティンの中にこそ、自身を磨く種がある。

↓ ↓ ↓

リーダーズセミナーで坐禅に触れたメンバーが、
日常に戻ってからも坐蒲の上に座り続けるように、
大切なのは“継続と実践”である。
仏性が誰にでも備わっているように、成長の種は誰の中にもある。
しかし、それを芽吹かせ、花開かせるのは、
日々の地道な“凡事徹底”でしかない。
「いまだ修せざるにはあらわれず」。
すなわち、やらなければ、何も顕現化しないのだ。

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リーダーズセミナー恒例行事の坐禅体験

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ファインスピリッツキーワード

02/24
2026

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Think Global, Act Local. Think Long-range, Act Tomorrow. 2040年から逆算せよ!

専門知識が細分化され、AIが作業を代替する未来。
そこで人間が発揮すべき価値は“多角的な視座”、
すなわち“リベラルアーツ”にあるとこの“ビジ達”で語った。
だが、その知性はただ持っているだけでは意味をなさない。
激動の時代を航海するための具体的な座標軸が必要だ。
それが、私が2020年に提唱した
“超マクロ思考のマトリクス”。
すなわち…Think Global, Act Local.
Think Long-range, Act Tomorrow.
この概念は今、その重要性をさらに増している。

【経済地図の塗り替えと、足元の変革】

まず“Think Global, Act Local”
→地球規模で考え、足元から行動せよ!
この解像度を上げなくてはならない。
数十年前の常識はもはや通用しない。
“先進国と途上国”という単純な二項対立は消え去った。
かつて途上国と呼ばれた国々のGDPは飛躍的に上昇し、
イノベーションの中心地となりつつある。
日本の取引先や競合も、もはや国内企業だけではない。
世界経済のパワーバランスが劇的に変化する中で、
自社のビジネスはどこに位置づけられるのか。
このマクロな“Global”の視点を持ち、
かつ、その変化に対応するために“Local”での
具体的な取引や商慣習、組織体制をどう変革するか。
世界の変化を肌で感じながら、足元のビジネスモデルを
柔軟に組み替える実行力が問われているのだ。

【2040年からの逆算が、明日の行動を決める】

そして、さらに重要なのが時間軸の戦略、
“Think Long-range, Act Tomorrow”
→長期的視点で考え、明日からの行動に反映せよ!
2030年、2040年のビジネスシーンはどうなっているか。
AIを含めたテクノロジーはどう進化し、
人口動態はどう変化し、社会はどんな価値を求めているのか。
その未来において“どのような自社を確立していたいか”を
強烈にイメージすることから始まる。
未来の理想像(Long-range)を明確に描くからこそ、
そこに至るために“明日(Tomorrow)”
何に着手すべきかが逆算できる。
未来を予測するのではない。
未来を“設定”し、そのために今日とは違う明日を創り出す。
このバックキャスティング思考こそが、
不確実な未来を切り拓く唯一の方法に違いない。

【時空を自在に行き来するリーダーへ】

先ほども語ったように…
未来は地球規模でも、時空的にもいろいろ変化するが、
その未来において、あなたは
“どのような自社を確立していたいか”ということ。
リベラルアーツが教える歴史観や哲学は、
この“Global”な空間把握と、“Long-range”な時間把握を
より強固なものにする。

世界経済のうねりを読み解き、20年後の自社の姿を構想する。
その壮大なビジョンを胸に、明日の朝一番の業務改善や、
新たなパートナーとの交渉という具体的な一歩を踏み出す。
“時空のマクロな視点”と“徹底した現場のミクロな行動”。
この振れ幅の大きさこそが、
AIには模倣できないリーダーの真価であり、
2030年を勝ち抜くための羅針盤となるはずだ。

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超マクロ思考マトリクス

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はなまるア・ラ・カルト

02/16
2026

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「見えるものを磨けば、心も磨かれる」 松下政経塾による“掃除”というリーダー教育

先日の“日本を美しくする会”総会では、
“松下政経塾”元常務理事の上甲 晃(じょうこうあきら)氏が
ゲスト講師として話をしてくれた。

ー「世界に冠たる指導者になるには、誰よりも朝早く起きて、
目の前の掃除をすること」というのが、
松下幸之助氏の言葉だったんですよ。

どんな特別なことを教えてもらえるのかと思ったら、
早起きして掃除してくれと!
彼らが「はい、わかりました。明日から頑張ります」と言ったら、
僕は鍵山秀三郎相談役に出会うこともなかったし、
この“掃除に学ぶ会”でこうして話をすることもなかったんです。

残念ながら、塾のみなさん、やらないんですよ。
偏差値の高い人ほど…
“そんな雑用してる場合じゃない”って言うんですよー
(→84歳とは思えない溌剌とした話だった)

これが上甲氏の冒頭の話。
この2月の衆議院選挙では、“ゼロ打ち”当確の高市総理も含め
松下政経塾出身の候補者がなんと40名もいたという。

彼らが学ぶ政経塾において、
なぜ“掃除”がこれほど重視されるのか。
そこには、当時副塾長であった上甲晃氏が
長い試行錯誤の末に辿り着いた、ある確信があった。

上甲氏は経営の本質を
【1】将来像の提示
【2】実現段取りの明示
【3】具体的実行開始
の三要件にあると説く。

これは国家経営も人生経営も同様。
しかし、どれほど立派なビジョンを描いても、
それを実行する人間に“心”が伴っていなければ、
絵に描いた餅になってしまう。

政経塾では当初、語学や政策論などのエリート教育が期待されたが、
松下幸之助塾長が求めたのは
「早起きして掃除をする」という“凡事徹底”だったのだ。


【松下政経塾が辿り着いた、“掃除”というリーダー教育】

しかし、人を育てるのは容易ではない。
上甲氏は当初、塾生たちに掃除をさせるため、自ら率先垂範を実行。
ところが、“俺がやっているんだからお前たちもやれ”
という下心が見える行動は、
かえって塾生たちの心を冷めさせてしまったという。

管理や理屈でカタチだけ整えても、内発的な動機づけには至らない。
“やらせる”教育の限界だった。

そんな模索するタイミングで出会えたのが、
イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏。
上甲氏は鍵山氏を講師に招くことを決断。
一代で優良企業を築き上げた経営者の言葉には、
圧倒的な説得力があったという。

「見えるものを磨けば、見えない心も磨かれる」。
この鍵山氏の実践哲学に触れ、
エリート意識を持っていた塾生たちは、
初めて掃除の真意を理解していった。

それは単なる美化活動ではなく、傲慢になりがちな心を整え、
指導者に不可欠な“情や愛嬌”そして“運の強さ”といった
非定量的な魅力を育む修行そのものだったという。

↓ ↓ ↓

政経塾出身の政治家たちが、地盤や看板、
そして金に頼らずとも道を切り拓いていけるのは、
この“掃除”という原点を通じ、
理屈ではない“人間の機微”を学んだからなのだろう。

凡事を徹底して磨き上げた心こそが、
混迷する時代を導くリーダーの羅針盤となるという。

結果として、政経塾出身の塾生が何人当選したか分からないが…
とにかく、この混迷するVUCA時代の
リーダーとなってくれることを期待する。

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“日本を美しくする会”総会の様子

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シナジースペシャル

02/16
2026

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“学び”こそ人生最高の贅沢な遊び。 “役に立つ”を超えた先へ!

あるテレビの番組でのこと…
シンガーソングライターの小椋佳氏(82歳)が、
「人間の1番贅沢な遊びは、“学び”である」と語り、
自身もピアノやフランス語の習得に励んでいるという。

この言葉に触れ、
「自分にとっても“学び”こそが最大の悦びかもしれない」
と共感を覚える人も少なくないだろう。

実は、24年目を迎えたこの“ビジネスの達人”を
あれこれ考えを巡らし探索し、そしてまとめ発信するのも、
仕事であり、“学び”であり、遊びかもと
思っていたところだったのだ。

大人になってからの“学び”は、
若い頃のそれとは決定的に異なる。
点数のためでも、昇進のためでもない。

ただ純粋に“知りたい”“できるようになりたい”
という好奇心を燃料とする“学び”は、
人生を彩る最高の贅沢なのかもしれない。


【終わりのない多くの知の探求者たちが…】

歴史を振り返れば、
晩年になっても新しい世界の扉を開こうとした偉人は
枚挙にいとまがない。

例えば、江戸時代の測量家・伊能忠敬。
香取市佐原を訪れたとき、忠敬が婿入りしたという
伊能家の保存家屋を見学した記憶がある。

すなわち、彼が本格的に天文学や測量術を学び始めたのは、
隠居後の50歳を過ぎてからということ。
“50の手習い”どころか、そこから日本全土を歩き回り、
正確無比な日本地図を完成させた情熱は、
学びこそが生きる活力であったことを証明している。

また、画家の葛飾北斎もそうだ。
「富嶽三十六景」で知られる彼は、
90歳で亡くなる直前まで画業の向上を願い、
「天があと5年の命をくれたら、本物の画工になれたものを」
と言い残したとされる。
→“すみだ北斎美術館”には、北斎の引越し魔ぶりも語られていた。

彼らにとって、老いや引退は“学び”の終わりではなく、
むしろ制約から解放され、
より深く没頭できる“学びと遊びの時間”の
始まりだったのではないだろうか。


【役に立つを超えたところから“遊びとしての学び”が…】

豊かである現代社会では、“学び”といえばすぐに
“スキルの習得”や“資格取得”といった
実利的な側面が強調されがちだ。

もちろんそれも重要だが、小椋氏の言う
“贅沢な遊びとしての学び”は、
役に立つかどうかを超越したところにある。

古代ローマの哲学者セネカは、
代表作『人生の短さについて』で、時間は寿命の長さではなく
“いかに有意義に過ごしたか”で決まると説き、
哲学することこそが、時間を最も有益に使い、
人生を長くする方法だと。

これらは即座に金銭を生むわけではないが、魂を揺さぶり
日常の風景を一変させる力を持っているとも。
→うんうん“ビジ達”のために、未来のビジネスについて
あれこれ巡らすことは、私の人生にとっても意味あること…

↓ ↓ ↓

「人間の1番贅沢な遊びは“学び”である」。
この言葉の真意は…
“学び”とは未知の自分に出会う旅そのものだということだろう。
昨日の自分には理解できなかったことが、今日の自分にはわかる。

その静かな、しかし確かな成長の喜びは、何物にも代えがたい。
私も古稀を過ぎ、ここからが人生をより豊かにするための
“学び”のときなのかも?!

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千葉県香取市佐原にある伊能忠敬像

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